ユヴァル・ノア・ハラリが見通す「雇用の未来」

AIは人間へ新しい仕事を創出するのか?

ところで、アルファゼロが一からチェスを学んで、ストックフィッシュとの対戦に備え、天才的な勝負勘を発達させるのに、どれだけ時間がかかったか、想像がつくだろうか? 答えは、4時間だ。いや、これは誤植ではない。チェスは何世紀もの間、人間の知性による輝かしい業績の1つと考えられていた。

ところがアルファゼロは、人間に少しも導かれることなしに、まったく無知な状態から独創的な名人の域まで、わずか4時間で到達したのだ。

創意に富むソフトウェアは、なにもアルファゼロだけではない。今では多くのプログラムが、ただの計算力だけではなく「創造性」においてさえ、日常的に人間のチェスプレーヤーを打ち負かしている。人間だけのチェストーナメントでは、密かにコンピューターの助けを借りて不正を働こうとするプレーヤーがいないか、審判員が絶えず目を光らせている。

不正行為を見破るためには、プレーヤーが発揮する独創性のレベルを監視するという手がある。プレーヤーが飛び抜けて独創的な手を指したら、審判は、それは人間の考えた手であるはずがない、コンピューターの手に違いないと思うことが多い。少なくともチェスでは、創造性は人間ではなくコンピューターのトレードマークなのだ!

だから、もしチェスが「炭鉱のカナリア」(訳註:カナリアは人間よりも有毒ガスに弱いので、昔、炭鉱で有毒ガスの発生に気づくための警報装置として使われた)ならば、私たちはそのカナリアが死にかけていることを、はっきり警告されたことになる。今日人間とAIのチェスチームで起こっていることは、いずれ警察活動や医療、銀行業務における人間とAIチームでも起こりかねない。

したがって、新しい仕事を創出し、人間を再訓練してその仕事に就かせるのは、1度限りの取り組みでは済まされない。AI革命は、それが過ぎれば雇用市場があっさりと新たな均衡状態に落ち着くような、転換期に当たる単一の出来事ではない。

一生の仕事という考え方さえ時代後れ

むしろ、しだいに大きな混乱が起こる連鎖反応のようなものになるだろう。すでに今日、一生にわたって同じ職で働くと思っている勤め人はほとんどいない。2050年には、「終身雇用」という考え方ばかりでなく、「一生の仕事」という考え方さえ、時代後れに思えるかもしれない。

たとえ私たちが新しい仕事を絶えず創出し、労働者を再訓練したとしても、平均的な人間には、そのように大変動が果てしなく続く人生に必要な情緒的スタミナがあるかどうか、疑問に思える。変化にはストレスが付き物だし、21世紀初頭の慌ただしい世界は、すでにグローバルなストレスの大流行を引き起こしている。雇用市場と個人のキャリアの不安定さが増すのに、人はうまく対処できるだろうか?

サピエンスの心が参ってしまわないようにするためには、おそらく、薬物からニューロフィードバック、さらには瞑想まで、今よりはるかに効果的なストレス軽減法が必要となるだろう。2050年までには、仕事の絶対的な欠如あるいは適切な教育の不足のせいばかりではなく、精神的なスタミナの欠乏のせいでも、「無用者」階級が出現するかもしれない。

言うまでもなく、これまで述べてきたことのほとんどは、ただの推量にすぎない。

本書執筆の時点(2018年初期)には、自動化のせいで多くの産業が混乱しているが、大量失業には至っていない。それどころか、アメリカをはじめ多くの国では、失業率は歴史的な低水準にある。

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