なぜ安倍政権は財政政策を発動しないのか 日本だけが他の主要国の政策と逆行している

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日本の経済メディアでは、2013年に安倍政権が主導した金融政策転換の成果を認めない「政治バイアス」に影響された、「金融財政政策は限界を迎えた」という見方が強まっているようだ。筆者は、アメリカをはじめ、多くの国で財政政策が拡張方向に転換する中で、日本では再び「ガラパゴスな経済議論」が復活し始めたように感じている。

2019年10月から緊縮財政が始まり、政府による国債発行は今後さらに減少するだろう。イールドカーブを制御するという現行の政策に日銀が固執する限り、日銀による国債購入も減るため、金融緩和効果も減衰する。

一方、銀行など金融機関の利益や年金などの運用利回りに影響する超長期金利が低下し過ぎることを、日銀は副作用と認識している。

筆者は、日銀の金融政策による、マクロ経済への「副作用」は全く現れていないと判断している。ただ、仮に黒田東彦日銀総裁が言うように「超長期金利が低過ぎる」のであれば、財政政策を転換して国債発行を増やす政策転換は、緩和手段が少なくなっている日銀にはむしろ朗報である。そして、運用収益低下に直面する金融機関、何よりデフレ再来に直面しかねない民間企業そして家計、いずれのセクターにも恩恵が及ぶとみられる。

今は公的部門による投資が効果を生みやすい絶好の環境

多くのセクターにとって望ましい国債発行拡大を伴う財政政策発動を、安倍政権がなぜ行わないのか、筆者には正直理解できない。安倍晋三首相は、最近の国政選挙において、「民主党政権は悪夢であった」と述べている。当時の民主党政権が、東日本大震災直後に復興政策発動よりも増税の議論を先行させ、その後デフレ不況にある中で消費増税を決めた、など経済政策について安倍首相の認識は概ね妥当と筆者は考えている。

10月12日に日本を広範囲に襲った台風19号がもたらした大規模な水害を踏まえれば、「コンクリートから人へ」などの政治的なキャッチフレーズが極めて危ういものであったことは明らかであろう。人命に直結する災害の被害を抑制するインフラ整備は、長期的な視点で継続的にしっかり行われる必要があることを、多くの賢明な国民は実感したのではないだろうか。

そして、日本銀行の強力な金融政策によって国債金利がマイナスで推移する現状は、インフラ整備を含めた公的部門によるモノ・ヒトへの投資がリターン(効果)を生み易い絶好の環境である。つまり、財政政策拡張は公的セクターにとっても恩恵が大きい。

安倍政権は、2013年に日銀執行部の人事刷新で、大きな政治的な成果を得た。それをさらに有効活用して、2%インフレを含めた経済正常化を実現するには財政政策の転換が必要だろう。ただ、現在の安倍政権が発するメッセージを踏まえると、財政政策の転換は予想されない。このため、日本株のパフォーマンスには、引き続き期待できそうもない。

村上 尚己 エコノミスト

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むらかみ なおき / Naoki Murakami

アセットマネジメントOne株式会社 シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、外資証券、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。

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