香港のデモ参加者は単なる「暴徒」ではない 米中を巻き添えにする「絶望の戦術」とは

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巨大な抗議活動の第一波となった「103万人デモ」にもかかわらず、政府は条例審議を進めると宣言した。議会である立法会の審議入り予定日の6月12日、抗議のデモ参加者が立法会を包囲し、突入を試みると、警察は催涙弾・ゴム弾などを用いて強硬にこれを排除し、林鄭長官は「組織的暴動の発動」とデモを非難した。

さらに市民の怒りが爆発し、立法会は開会不能に陥り、政府は15日、法案審議の一時停止に追い込まれた。それでも怒りは収まらず、翌16日には「200万人デモ」が発生した。

「5つの要求」は、この「200万人デモ」の際、主催団体の「民間人権陣線」が掲げたものである。その内容は、条例修正案の撤回のほか、独立調査委員会を設置して警察の武力行使の責任を追及すること、デモを「暴動」と評価したことを撤回すること、デモ参加者を罪に問わないこと、そして林鄭長官の辞職であった。だが、長官辞職の要求は、7月1日に立法会に突入したデモ参加者によって、普通選挙の実施へと変更されている。

残された4つの要求は、政府とデモ参加者の間の溝の深さを示している。うち3つは、暴力行為を赦し、警察を罰することを求める内容である。

デモ参加者は、デモのたびに繰り返される警察の武力鎮圧に激しく怒っている。これに対し、北京・香港両政府にとって、事態の鎮静化には警察力が頼りであり、いずれも会見のたびに警察の努力を称賛している。

これは妥協可能な両者の意見の相違というよりも、根本的な政治観の対立である。デモ参加者は民意に応じない政府を道徳的に受け入れられず、政府は統治に従わない市民を許せない。ここに至って、デモ参加者はこの体制のあり方自体を問題視するようになった。彼らは林鄭長官の進退にすら興味を失った。どうせ後任がこの体制によって選ばれるのであれば、誰がやっても同じということである。

したがって5つ目の要求は、行政長官の辞職から、普通選挙の実施による民主的体制への転換に変更されたのである。これは中国共産党政権の論理では「政権転覆の試み」であり、要求の難度は格段に上昇した。

デモ支持者の強烈な「仲間意識」

暴力行為を辞さない「前線」のデモ参加者と、休日に平和的なデモ行進を行う多数の市民は、かなり性質の異なる集団である。しかし、彼らの間には、「共通の目標を持つデモ参加者同士は攻撃し合わない」という強い意志が当初から存在している。

ネット上では、デモの支持者同士は「兄弟」や「手足」と呼び合う。自身の一部に近い、かけがえのない仲間という意味である。負傷者・逮捕者などの犠牲者には「義士」の「称号」も与えられる。平和主義者も、暴力行為を非難したり、逮捕者を冷笑したりすることはしない。

こうした「仲間」の集団はかなりの規模に上る。デモが暴力性と平和性を持ちあわせることで、多くの者から共感を得やすい状況を作っているからである。暴力行動と平和的な行動は同時並行的に進められているが、双方がつねに行われているわけではない。

デモ支持者たちはネット上の掲示板などでしきりに議論と分析を重ね、行動の「効果」を分析し、次の行動を考える。暴力が嫌われそうな予兆があると「前線」は退いて、時には行きすぎを謝罪もし、平和デモが主流となる。そして平和デモに応じない政府への怒りが市民に蓄積されると、政府への圧力を強めるために暴力行為が行われる。つまり、デモ参加者の行為は、相当程度「民意」をくみ取って構築され、実際に民意を勝ち得ている。

8月16日の香港紙「明報」に掲載された調査では、デモ参加者の暴力が過度であるとする者は39.5%であったのに対し、警察の暴力が過度であるとする者は67.7%に上った。経済に悪影響が出た場合、最大の責任は香港政府にあるとする者が56.8%、デモ参加者にあるとする者はわずか8.5%である。

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