児童虐待死がほんの表面しか見えていない理由 国も把握しきれず、統計の3~5倍との見方も

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では実際の虐待死の数はどの程度に上るのか。1つの参考になるのが、子どものすべての死を検証する取り組みである「チャイルド・デス・レビュー(CDR)」という研究だ。日本では2010年代から本格的に始まった研究で、予防できる子どもの死を減らすことを目指している。

厚労省は2014~16年、全国の小児科病院などの施設における子どもの死亡例を検証するCDR研究を実施した。同研究では、虐待死と疑われる死は既存の政府統計の3~5倍に上ると推計された。同研究に関わった名古屋大学医学部附属病院の沼口敦医師はこう話す。

「政府統計との間に大きな差があるのは、虐待の定義を広げたのも一因だ。研究では、大人の養育が適切であれば防げた死(養育不全)も虐待死と見なした。養育不全には、従来は事故と見なされていたものも含む。例えば、小さな子どもを1人で留守番させている間に火事が起こり亡くなった事例や、知識不足で子どもに必要な栄養を与えず衰弱死させてしまった事例だ。意図的でなくても養育不全が子どもに害を与えたならば、虐待と同等の検証が必要だと考える」

CDRの本格導入はこれから

CDRは虐待死の可能性が高いものの、適切に検証されなかった「埋もれた虐待死」を見つけるには有効だといえる。米国では18歳未満のすべての子どもの死亡検証が義務づけられている。日本でも政府統計にCDR研究結果を反映させることが検討されているが、具体的な議論はこれからだ。

子どもの虐待を防ぐためには、こうした虐待の実態を正確につかむこと以外にも必要な要素がある。例えば現在、虐待死が起こるたびに矢面に立たされるのが児童相談所(児相)だ。しかし、児相は児童福祉司の人手不足などで現場はパンク状態。いかに“児相頼み”の状況から脱却した仕組みを作るかが問われている。

相次ぐ悲惨な虐待は決してひとごとではない。一見して普通の家庭でも、育児ノイローゼや家族の孤立、DV(ドメスティックバイオレンス)などによる深刻な虐待も起こりうる。受験期に過度に子どもを追い詰める教育虐待も社会問題化している。悲惨な虐待をいかに防ぐのか。重要なのはより多くの大人が関心を寄せ、社会全体でその予防策を講じることだろう。

『週刊東洋経済』9月21日号(9月17日発売)の特集は「子どもの命を守る」です。
井艸 恵美 東洋経済 記者

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いぐさ えみ / Emi Igusa

群馬県生まれ。上智大学大学院文学研究科修了。実用ムック編集などを経て、2018年に東洋経済新報社入社。『週刊東洋経済』編集部を経て2020年から調査報道部記者。

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辻 麻梨子 ジャーナリスト

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つじ・まりこ / Mariko Tsuji

1996年生まれ。早稲田大学卒。非営利の報道機関「Tansa」で活動。現在はネット上で性的な画像が取引される被害についてシリーズ「誰が私を拡散したのか」を執筆している。

 

 

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