日本人は医療費増大の本質をわかっていない 抑制狙うなら効果的な予防を推進すべきだ

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つまり、予防をすれば医療費が削減できるという観点ではなく、予防をすれば人々の健康がよくなるから予防をしているのです。日本でも、予防をすることの目的を整理せねばなりません。医療費を削減することが目的なのか、国民の健康を改善することが目的なのかというのを明確にする必要があります。

医療にどんな価値を期待するのかを改めて問う時が来た

山本:私も、予防の目的は何か、そしてひいては、医療の価値は何かということを考え続けてきています。

山本雄士(やまもと ゆうじ)/ミナケア代表取締役社長。東京大学医学部卒業後、同付属病院、都立病院などで循環器内科などに従事。ハーバード大学ビジネススクールを修了(MBA)。健康を守り、育てる(健康に投資する)医療として「投資型医療」を提唱し、医療の新たなビジネスモデルと産業を創造している(撮影:今井康一)

先ほどお話ししたとおり、今の医療と制度をどうアップデートするかというのが重要な課題です。私がアップデートの方針としていちばん重きを置いているのが「予防」なのです。予防とは、一言でいうと「病気にさせない医療」です。そのために、病気になる前から、病院に来る前から医療を始めようとしています。

私たちはこれを、病気ではなく健康に効率的、効果的に投資をする医療という意味で「投資型医療」と呼んでいます。

先ほど、医療制度が時代遅れになっているという問題提起をしました。医療制度の歴史を見ると、初期には医療サービスの「量」の不足に対し、医師を養成する大学を創設するとか病院を増やすこと、患者さんが病院に行けるように財政支援をすることに主眼があります。

「量」が満たされると、次は「質」が問われる時代になります。そして、最後に「コスト」が問われる。ところが、先ほどの津川さんのお話にもあったとおり、この「コスト」のコントロールは極めて難しい課題なのです。

難しい理由の1つは、「コスト」の議論は、それで得られるもの、つまり何に対して払うのかという「価値」の定義がないと行き詰まるからです。ですから、まずは国や社会が医療にどんな価値を期待するのかを改めて問う時が来たのではないかと思うのです。

私は、今の時代の医療の価値を「健康で長く過ごせる」ことだと考えています。医療の高度化によって、これまで治らなかった病気が治るような技術や、病気になる前に対処ができる技術がでてきました。前者は治療の進歩、後者は予防の進歩ともいえます。

これまでの医療では前者が脚光を浴びますが、実は後者の「病気にさせない、ひどくしない」技術は、病気になってから始まる今の社会保障制度では対応できないのです。病気にさせない生活、あるいは病気と共に暮らす生活というように、医療のカバーできる範囲が急に広がった今、社会保障制度もその視点を広げる必要があります。

こうした疑問や課題に対して、セオリーやコンセプトだけ唱えてもなかなか政治や行政は動かないので、1つひとつ実例を積み上げていくしかない。本来なら社会実験的にやるのがいいと思うのですが、日本はなぜか社会実験が上手ではないんですよね。

(後編に続く)

中室 牧子 慶應義塾大学総合政策学部教授、東京財団政策研究所研究主幹

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なかむろ まきこ / Makiko Nakamuro

1998年慶應義塾大学卒業。アメリカ・ニューヨーク市のコロンビア大学で博士号を取得(Ph.D)。日本銀行や世界銀行での実務経験を経て、2013年から慶應義塾大学総合政策学部准教授に就任し、現在に至る。専門は教育を経済学的な手法で分析する「教育経済学」。

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