日本人は医療費増大の本質をわかっていない 抑制狙うなら効果的な予防を推進すべきだ
津川:そもそも、予防は医療費抑制に役立つのかについて、日本で行われている議論には確かな根拠もないままに、極端な立場を取るものが多いと感じます。
ある論者は、「予防医療をしても医療費抑制効果はない」と言い、別の論者は「予防医療は医療費抑制に効果がある」と言っています。しかし、予防医療の効果は「ある」とか「ない」とかいう二元論ではなく、「予防医療の中にも、医療費抑制効果があるものもあればないものもある」というのが世界の医療経済学者の中の共通見解です。
例えば、2008年に発表されたジョシュア・コーエン、ピーター・ニューマン、ミルトン・ワインシュタインの3人の研究者が、世界で最も権威ある医学雑誌で発表した総説によると、約2割の予防医療には医療費を削減する効果があるものの、残りの8割には医療費を削減する効果がないという結論になっています。
ちなみに、治療に関しても、2割は医療費抑制に有効で、8割は有効ではないという結果でした。つまり、予防医療は、治療と比較して特別に医療費削減効果があるとはいえないのです。医療費抑制を目的とするのであれば、予防医療を推進するかどうかではなく、予防医療のうち、何を推進するべきかという議論をすべきでしょう。
ちなみに、日本の医療保険は治療しかカバーせず、予防は対象外です。しかし、医療費抑制に有効であるという科学的根拠(エビデンス)のあるものは、予防医療も医療保険の対象に含めるべきだと私は考えています。
何のために予防をするのか
菅原:予防をしたとしても、病気になるタイミングが後ずれしただけなので、最終的には予防しなかった場合と同程度の医療費がかかるのではないかという議論があります。
津川:私は、そうした議論は妥当ではないと思います。例えば、30歳の人が脳梗塞になった場合、患者やその家族はやれることすべてを希望すると思われますし、医師はありとあらゆる治療をするはずです。
しかし、同じ人が、予防をした結果、脳梗塞になる時期が30歳から90歳に後ろ倒しになったとします。そうすると、医師は、90歳の人に30歳の人と同じくらい濃密な医療を提供することはしないでしょう。
実際に、亡くなった年齢と最後の1年間に使った医療費の関係をみると、70歳を超えたあたりから最後の1年間に使った医療費は減少していきます。このため、「病気になる年齢を後ろ倒しにできる」というのは、医療費を削減するという観点では、成功したといえる可能性があるのです。
しかし、ここで改めて、何のために予防をするのかという問題も提起したいと思います。アメリカでは、オバマ政権以降、予防に力を入れています。健康を改善するというエビデンスのある予防は保険適用になったわけです。
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