「大規模無低」を結局温存する福祉行政の大罪 貧困ビジネスの排除は遠のくばかりだ

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そこから生活保護法の活用を支援し、仕事探しも一緒に検討した結果、今は不登校状態だった定時制高校に復帰。携帯料金滞納の問題も弁護士を通じ解決の糸口をさがしている。

「利用者の数だけ生活課題はあり、そこに向き合うのがわれわれ社会福祉専門職の役割」と吉髙氏は力を込める。無料の生活相談や月1回の食事会、アパートに転居した元利用者の状況確認から病院や不動産会社からの突然の支援依頼まで、それぞれの職員が多様な事業や活動を担っている。

行政側がパターナリズムを捨てられない

そんな同団体が目下懸念しているのが、小規模巡回型を位置付ける規定が先送りされた中、来年4月に向けて省令が各自治体で条例化されることで、施設長や職員の配置基準がその施設の「専従」とされることだ。

実際、検討会でも東京都は繰り返し、「専従、常駐の施設管理者が必要」と主張している。今後条例では、人員配置等、自治体独自の上乗せ規制が盛り込まれる可能性がある。

先送りされた2年間に、条例違反だとして行政指導や処分などされると、実質的に運営不能に追い込まれることになる。吉髙氏は「福祉人材の確保が厳しい中、これではNPO法人による小規模巡回型の支援が成り立たなくなる」と懸念する。

劣悪な居住環境の大規模無低を温存し、小規模巡回型の制度導入は先送り――。もちろん小規模巡回型の事業者がすべて良質とは限らない。しかし、生活困窮者から搾取する貧困ビジネス対策が狙いだったはずの省令制定の理念は、いったいどこにいってしまったのか。

利用者の19歳の男性は、ほっとポットの支援で定時制高校に復帰できた(記者撮影)

「省令案には入居者が独立して日常生活を営むことができるかという『能力』を、施設の管理者や行政が『判定』して、誰がいつ地域生活に移行できるかを『決定』する、というパターナリズム(家父長主義)に基づく規定が随所に見られる」

立教大学大学院の稲葉剛特任准教授(居住福祉論)はこう批判する。「入居者の中にはさまざまな障害や生きづらさを抱えている人も少なくないが、こうした規定は居住選択に関して当事者の自己決定権を保障した障害者権利条約にも反する」(稲葉氏)。

厚労省の検討会に示された調査研究によれば、無低の利用者のうち45.2%に知的障害の可能性、22.1%に認知症の可能性があるとされる。外部の介護的、福祉的支援につなげる必要性は高いが、収容型の大規模無低では利用者を抱え込み、外部の専門機関との連携を拒みかねない。

「生活保護の受給さえ決まれば、すぐに送迎付きで引き受け、どこかの空き施設で受け入れてくれる。そんな大規模無低の利便性を手放せないのは、むしろ(生活保護の事務を取り扱う)各自治体の福祉事務所のほうではないか」と、あるケースワーカーは見る。

規制強化が貧困ビジネスの排除ではなく、行政や事業者による利用者の管理、統制強化を意味するのだとしたら本末転倒だ。それを後押しするような自治体の福祉行政は、その存在意義を根本から問われることになるだろう。

風間 直樹 『週刊東洋経済』編集長

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かざま・なおき / Naoki Kazama

1977年長野県生まれ。早稲田大学政経学部卒、法学研究科修了後、2001年東洋経済新報社に入社。電機、金融担当を経て、雇用労働、社会保障問題等を取材。14年8月から17年1月まで朝日新聞記者(特別報道部、経済部)。復帰後は『週刊東洋経済』副編集長を経て、19年1月から調査報道部、同年10月より現職。著書に『雇用融解』(07年)、『融解連鎖』(10年)、電子書籍に『ユニクロ 疲弊する職場』(13年)など。

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