「アートのお値段」が訴える美術作品の投機現象 「お金」はアート作品を汚すものなのか?

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ナサニエル・カーン監督は、現代建築家の巨匠である亡き父、ルイス・カーンのルーツをたどる2003年のドキュメンタリー映画『マイ・アーキテクト ルイス・カーンを探して』で、第76回アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた気鋭の監督だ。

カーン監督は、「ここ最近、アート市場は世間の興味を集めている。そんなニュースがあるにもかかわらず、ほとんどのアーティストが(たとえ才能がある者でさえも)もがき苦しみ、生きているうちに十分な稼ぎを得られないという現実は変わらない」と語る。アートはいったい誰のものなのか。金銭は芸術にどのような関係をもたらすのか。

そもそもなぜアートがこんなに高値で取り引きされるようになったのか。現代アートが初めて高値で取り引きされたのは、タクシー会社のオーナー、ロバート・スカルが1973年に行った「スカル・オークション」が始まりだったと言われている。

美術史家のバーバラ・ローズはそのときを「存命のアーティストの作品に高値がつき、『安く買って、高く売れば儲かる』と皆が気づいた」と指摘する。だがその後、1990年代になると、巨匠が描いた絵が減少し、アート市場も縮小傾向になる。

投機目的で参加する人も

しかしちょうどその頃、マーケットには若い超富裕層を中心とした新しいコレクターが現れた。彼らは“新しい作品”を欲していた。オークショニア(競売人)のエド・ドルマンは「現代アートはまさに今、制作されているものなので、供給の問題はなかった」と振り返る。

安定した供給源を見つけたアートシーンは活況を呈し、マーケット規模を拡大した。オークションに参加した富裕層の中には、もちろんアートに興味を持つ者もいただろう。だが、それと同時に「アートは儲かる」という思いから、投機目的で参加した人も少なくなかった。このようにしてアートシーンは混迷を極めていった。

そんな中、カーン監督はアーティストたちに話を聞いていく。彫刻「ラビット」を作り上げたジェフ・クーンズを筆頭に、ニューヨークのアートシーンで活躍し、カニエ・ウェストの名盤「マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー」などでも知られるジョージ・コンド、さらに世界のほとんどの主要美術館に作品が所蔵される現代で最も重要なアーティストの1人であるゲルハルト・リヒターなどだ。

映画の中では多くのアーティストたちが登場。アート高騰の現状について率直に意見をする (写真:配給会社提供)

彼らはそれぞれに現代のアートシーンに対する意見を抱えており、興味深い。そしてその中でもゲルハルト・リヒターなどは「作品が競売されるよりも美術館に飾ってもらったほうがいい」と複雑な気持ちを隠さない。

だが、そんなアーティストの思いは、オークショニア(競売人)には届かない。サザビーズのグローバル・ファイン・アーツ部門の責任者エイミー・カペラッツォは「美術館はわたしも好きだけど、所蔵品が多すぎれば日の目を見ない。まるで墓場よ。地下に埋葬される」と一笑に付していた。

このように、作品の中では、アートの商品化を憂う者もいれば、市場の行く末を案じる者もいる。それでもそんな喧騒からは離れようとする者、純粋にアートの力を信じようとする者もいるなど、まさに意見が交錯する。

今回の作品作りを通じてカーン監督は「美術界はまさに必要とされる鏡を、現代社会に向けて掲げているように感じる」と語る。まさに観客は、「アートの価値とは何?」「お金は芸術を汚すもの?」といった疑問を自分に問いかけることになるのではないだろうか。

(文中一部敬称略)

壬生 智裕 映画ライター

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みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

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