日本政府は韓国の輸出規制を再考すべきだ WTOで争えば、より大きなリスクを招く

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ただ、安全保障貿易管理についてはGATT21条の例外規定による正当化の余地がある。特に「自国の安全保障上の重大な利益」の保護に必要な措置は、GATTの原則に反しても、協定違反に問われることはない。しかし、この条文は第二次世界大戦直後の1947年の冷戦期に起草されたもので、いかにも古く、例外の範囲も狭い。

冷戦構造崩壊後の安全保障概念は、狭い意味での戦争だけでなく、地域紛争やテロ、サイバーセキュリティ、災害やパンデミックまでを含む、極めて広がりのある概念になりつつある。また、軍事転用が可能なら、iPhoneなどの民生品も規制の対象になる。70年以上前にできた条文では、21世紀の安全保障には極めて限定的にしか対応できないことは明らかだ。

安全保障貿易管理とWTO体制は共存してきた

それでは、こうした法的緊張関係がありながら、なぜこれまで両者は平和裡に並存できたのだろうか。そこには国際社会の「大人の知恵」が介在している。

安全保障貿易管理の世界では、ワッセナー・アレンジメント(通常兵器、関連汎用品・技術)、ザンガー委員会(核物質)、オーストラリア・グループ(化学・生物兵器)など、対象物資ごとに国家間レジームが形成されている。それぞれが輸出管理の対象物資リストを決定し、その規制について協調する。これらの取り決めは紳士協定で拘束力こそないが、各国はここで決まる、ある種の相場観に従って輸出管理を行い、その範囲を大きく逸脱する例外の濫用を慎んできた。

他方で、この相場観に従って行動しているかぎり、他国の安全保障貿易管理措置がWTO協定に整合しているかを問うことも自制してきた。前述のように、こうした措置は性質上、どうしてもWTO協定の原則と矛盾してしまう。とはいえ、国際社会の安定と平和のためには、安全保障貿易管理をやめることもできない。だからこそ、各国は輸出管理のWTO協定整合性を厳密に問わず、例外の濫用も慎む大人の知恵を働かせ、本来緊張関係にある双方のレジームを注意深く共存させてきた。

しかし、この棲み分けが急速に崩れつつある。その契機が、安全保障目的をうたったトランプ政権による鉄鋼・アルミ製品の関税引き上げだ。対象となる製品は安全保障貿易管理スキームの規制物資ではなく、カナダや日本など同盟国にも適用され、あからさまな安全保障措置の例外の濫用と言える。ただ、それだけにその法的評価は単純であり、GATT21条の例外に当たらないことは明らかだ。

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