「文系出身者の未来は暗い」と言い切れない理由 人文科学は経済的な意味でも学ぶ意味がある

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これは、ある家族に実際に起きた話です。ある男性は、がんの発症を医師に宣告され、余命幾ばくもないことが明らかになりました。

この男性には娘が2人いたのですが、実は親子の仲はあまりよくありませんでした。ただ、父親の病気がわかったため、娘たちは過去をすべて忘れ、父親と残りわずかな時間を穏やかに過ごすことを決めたのです。

ところが、そんなタイミングで新しいがんの治療法が発見されました。この治療法を使えば、父親はあと10年以上生きることができるかもしれないという状況になったわけです。このとき父親は、「それはすばらしい。ぜひ治療を受けたい」と言いましたが、娘さんたちの気持ちはどうだったでしょうか?

娘さんたちは、父親の余命がわずかだからこそ、今までの苦い気持ちを収めて、我慢して接していました。ところが、医療の発展によって、いきなり父親の余命が延び、しかもお金も必要になったのです……。

長く生きるだけが「幸せ」ではない

この事例は、「ただ長く生きられるようにすればいい」ということではないということを明らかにしました。家族の幸せを考えるのであれば、生活の質、いわゆるQOLの向上も同時に考えなくてはなりません。もちろん、新しいがんの治療法はすばらしいテクノロジーですが、これだけですべて解決というわけにはいかないのです。

がんを宣告されたときの患者や家族の心理、あるいは治療法が見つかった後の気持ちの整理といった問題は、データやテクノロジーだけで解決することができません。こうした問題に対して包括的に対処するには、心理学や人類学などによる経験や知恵が求められるのではないでしょうか。

次の事例を説明しましょう。病院には、非常に能力の高いエンジニアが作った、高性能の機器が多く並んでいます。彼らエンジニアは、「テクノロジーは導入すればするほど、より多くの価値を生み出す」という前提を持って機器を改良していますが、それは本当に正しいのでしょうか?

答えを知るために、私たちは医療現場に足を踏み入れ、観察を行いました。そこで見たのは、最新機能などほとんど使われていないという実態でした。

例えば糖尿病腎症患者に必要な透析の機械については、さまざまな機能が盛り込まれているわけですが、多くの現場において、機械の横にキッチンタイマーが設置されていました。つまり、現場の人々は「タイマーが鳴ったらマシンをオフにする」といったアナログな運用をしていたのです。

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