「人を殺さぬため」7年引きこもった男性の告白 もう1人の自分が語りかけてきて終わった

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親はなんとかして僕を部屋から出そうとしてきた。父に暴力を振るわれたこともある。しかし僕は部屋からほとんど出ず、家族とはひとことも口をきかなかった。

家族との会話がなくても、僕はいつも家族を感じていた。ドアの開け閉めの仕方や音で、親の心理状態を察していた。

両親が家を出た後にリビングに降り、雑多に置かれている本を見ては、両親が今何を考えているか把握した。ひきこもり関係の本が多数置いてあったが、ひきこもりを犯罪者のように扱っている本もあった。

「早く社会復帰してほしい」という親の希望はつねに感じていた。しかし、どうしようもできない自分を責めるしかなかった。そうした状況が何年も続いた。

少しずつ変化が

ひきこもって5年が過ぎた頃、僕は親の変化を感じた。リビングに置いてある本からひきこもりについて否定的なものが消え、ひきこもりについて理解しよう、という本が増えてきたのだ。

また、親は心理学系のセミナーなどにも参加しているようだった。少しずつ、親の気持ちが自分に近づいている、と僕は思った。

ひきこもって7年がたったある夜、決定的なことがあった。夢を見たのだ。「理想の自分」と「ひきこもっている自分」が対話する夢だった。

「理想の自分」がこのように語りかけて対話は始まった。

「このままでよくないのはわかってるよね」

「外に出て誰かを傷つけてしまうくらいなら、ここにいるほうがいいんだ」

「殺意が暴走しないようにひきこもっているんだね。すごい覚悟だね」

理想の自分は、ひきこもっている自分を全力で理解しようとしていた。そして対話の最後に、ひきこもっている自分は何かを見つけたように言った。

「自分が変われば世界が変わるんだね」と。

こうして親の変化と自分自身との対話がきっかけになって、僕はひきこもることをやめた。

結局、自分のいちばんの理解者は自分だった。理想の自分がひきこもっていた自分を理解しようとしてくれなかったら、今もひきこもっていたかもしれない。

心がボロボロになっても、人を傷つけないために、最後に残った倫理観から僕はひきこもることを選んだ。

その選択を肯定されたとき、僕のひきこもりは終わったのだ。(ひきこもり経験者 瀧本裕喜さん・38歳)

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日本で唯一の不登校専門紙です。不登校新聞の特徴は、不登校・ひきこもり本人の声が充実していることです。これまで1000人以上の、不登校・ひきこもりの当事者・経験者が登場しました。

また、不登校、いじめ、ひきこもりに関するニュース、学校外の居場所情報、相談先となる親の会情報、識者・文化人のインタビューなども掲載されています。紙面はすべて「親はどう支えればいいの?」という疑問点から出発していると言えます。

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