消費不振を打開するために必要なものは何か--スーパーポテト代表取締役・杉本貴志

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消費不振を打開するために必要なものは何か--スーパーポテト代表取締役・杉本貴志

--杉本さんは、無印良品をはじめさまざまな流通店舗の設計を手掛けてこられましたね。

長年、デパートやホテル、レストランなどのデザインや設計を手掛けてきました。40歳くらいまではクリエイティブディレクターとして有楽町西武を始めとして西武百貨店の店舗設計やデザインを手掛けました。

無印良品についても立ち上げからずっと関わっています。その後、内外のホテルやレストランの設計を行ったり、最近では、東京臨海部の超高層マンション「ブリリアマーレ有明」の最上階の共用スペースの設計をしました。現在は武蔵野美術大学造形学部の教授を務めています。

--今、自動車もマンションも売れません。流通の最前線に携わって来られた経験から、こうした消費不況の背景には何があるとお考えですか。

今回の不況の直接的な原因は金融業界が引き金を引いた形ですが、それが解決されれば一件落着するとは思われず、根はもう少し深いと思います。理由は20世紀から21世紀への移行時に解決しておくべき課題が未解決のままになっていると思うからです。

例えば、20世紀というのは商品の時代で、これをたくさん持つ事が豊かさの証拠でした。ところが、モノを所有するだけでなく、気持ちよく快適に暮らすにはどうするかといった生活の質には意識が向かいませんでした。自動車などがいい例です。

世界中の自動車生産台数は2007年で7300万台。このうち日本だけで15%にあたる1160万台を生産しています。なぜそれだけ作るのか。単純に売れるからでしょうが、これはある意味で作り過ぎではないですか。しかし、そのことで日本経済が成り立ち、毎年、毎年それだけの生産が必要になっていたわけです。これ自体は景気のいい話ですが、はたしてそれが経済や生活にとってバランスのいいことなのでしょうか。

今、そのことが問い直されだしていると思います。とにかく、日本人は非常にモノをたくさん持っています。もう10年以上前ですが、ある写真家が世界中を回って家族の持ち物を学校の校庭のようなところに並べてみるという写真集がありました。そこで分かったのはアフリカとかは当然少ないとしても、ヨーロッパの人などに比べても日本人は自動車から家電製品、衣類などまで格段に多くのモノを持っているということです。

モノではありませんが、バブル期には、ゴルフ場が日本国中にできましたが、今はその残骸の処理に困っている状況です。ところが、最近の若者は車を持たないとか、家についても、「賃貸でもいい」といったようなことで、所有することに対する積極性は乏しくなっているようです。これは変化の兆しだと言えます。実は20年くらい前にも一度「モノからコトへ」といったキャッチコピーがありましたが、未だにその模索が続いています。

-- 最近の変化はいい方向に向かっていると思われますか。

必ずしもそうではありません。最近感じるのはコミュニケーションが極端に薄くなって来ていることです。歴史的な流れで言うと、明治37年に三越が「デパートメントストア宣言」をして日本で最初の百貨店になりましたが、そのあたりから日本は就業者数に占める農業人口の比率が50%を切ったと言われています。以来100年以上経ってみると、共同で何かを行うということがすごく減ってきていることが分かります。

銭湯もなければ、お客が誰彼となくコミ二ケーション出来た居酒屋も減っています。最近のコミュニケーション不足の例として、この間、テレビでやっていましたが、ある独身の男性サラリーマン。土日は友達と騒いでいるような人だが、ウイークデイは毎晩、会社帰りに近所のコンビニに寄ってビールを買う。しかしその際、まとめ買いではなく、1缶だけ買う。なぜ1缶か。買い物の時、レジの店員(この場合は若い女性)と少しだけ会話するのが楽しいからだという。昔なら家族でやっている居酒屋に寄って帰るところだが、今はそれもない。学生時代はともかく、社会に出るとそうした環境はさらに減少してきています。実はコミュニケーションの不足は文化の希薄化につながります。文化が希薄になれば、新しい時代のコンセプトなども生まれません。

臨海部の超高層マンションの「ブリリアマーレ有明」で考えたコンセプトの背景には、このコミュニケーションの回復ということがありました。なぜか。

臨海部のマンションの周辺にはまだ住宅や商業施設は少ないです。仕事を終えてそこに帰える人は、エレベーターに乗って、部屋に直行する。その生活にはコミ二ケーションがないと感じました。そこで、最上階である33階、売れば一番高く売れるスペースを共用部分にしようと提案しました。幸いデベロッパー側の理解も得られたので、そこにバーラウンジ、25mプール、アスレチックジムなどを配置しました。つまり、そこをコミュニケーションできる場所にしようとしたわけです。通常はマンションのデザイナーだとエントランスを豪華にするということをよくやるけれど、そうした方法は取りませんでした。

-- コミ二ケーションの回復が新しいコンセプト作りには不可欠だとのことですが、ほかに必要なものは何でしょうか。

次世代へのクリエーティブな発信力が必要だと思います。翻って考えると、今の日本はクリエーティブでしょうか。自動車、携帯電話。どれも似たものばかり。マンションにしても、坪単価や所番地だけで売れ行きが決まっています。しかも売れる時しか考えず、売れた後、20年、30年経てからのことはあまり考えていないのではないでしょうか。クリエーティブな発信力には将来ビジョンが不可欠です。その点で、21世紀への発信力を持ったハイブリッド車などはいいし、実際、よく売れている。こうした21世紀への発信力を持ったモノやコトが出て来ないと、今ある消費の行き詰まりを本格的に打開することは難しいと思います。

(聞き手:日暮良一 =東洋経済オンライン)

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