独断で選ぶ、日本の蒸気機関車「最強」の五人衆

馬力、華やかさ、保存両数が最多…

1:戦時の輸送を支えたD52

極限設計のD52(竜華機関区 1968年9月29日筆者撮影)

第2次世界大戦中の1943年、それまで標準的な貨物列車用機関車だったD51を上回る性能を求めて開発されたのが、D52という機関車である。

ボイラーは、直径も長さも規格上の最大限まで大きくし、長さでは約6%長くなって約21メートルに、重さは約8%増えて約140トンとなった。ボイラーの蒸気圧力も高くなっている。しかし実際に落成した機関車は、そのままでは目論見どおりに働くことが難しかった。なにしろ、すべての“モノ”が欠乏していた時代である。同時に“人”も足りなかったからである。

“鋼”である必要のない部分は“木”に置き換えられ、回転部分の軸受けの構造も簡略化するなどの“戦時設計”が最大限に取り入れられていたとはいうものの、設計図のとおりに製造できていれば、性能上の問題はなかったはずである。

ところが実際には、“鋼”の品質は極度に低下していたし、熟練した技能を持つ人々の多くは、軍隊に召集されて戦地に狩り出されていた。加えて、ベテラン機関士たちも例外なく召集されていたため、これまでにない大型の機関車を扱う技量も十分ではなく、所定の性能を発揮するには至らなかった。

戦後は「最強力」機関車として本領発揮

連合国軍機による製造工場への空襲などもあり、500両にも及ぶ計画数のうち、実際に完成したのは285両にすぎなかった。同盟国だったドイツにも同じような簡略設計の蒸気機関車が存在したが、あちらでは、大きく桁が異なる1万両以上が製造された……。アメリカの戦時機関車の代表ともいえるビッグボーイに至っては、“簡略設計”などは、かけらもうかがうことはできない。国力の差としか、いいようがない。

とはいえ、近海にまで出没する潜水艦による攻撃などにより、安全性が著しく低下した海上輸送を大いに補って、物資の輸送に大きな力となったのは間違いない。

戦争が終わってから、160両が標準的な設計に戻され、また木部も鋼板に取り替えられるなどして面目を一新した。そして北海道から九州までの大幹線で重い貨物列車の牽引に、最強力機関車として本領を発揮したのである。

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