独断で選ぶ、日本の蒸気機関車「最強」の五人衆

馬力、華やかさ、保存両数が最多…

2:華やかさで群を抜くC62

最大級のC62(糸崎機関区 1969年3月25日筆者撮影)

戦争が終わるとともに貨物の輸送量は激減し、それまで押さえつけられていた人々の動きが急増した。そのために必要な旅客列車用機関車は、戦争中に新しく造られることはなく、また既存の機関車も十分な整備を受けることができないままに酷使され、まともに動かすことができる機関車の数は、大幅に足りなかった。

かといって、機関車を新しく製造するほどの資材があるはずもなく、苦肉の策として考案されたのが、大量に余っている貨物列車用の機関車を、旅客列車用に改造することだった。

具体的には、標準機関車D51からC61が、超大型機関車D52からはC62が誕生した。動力の発生源であるボイラーと各種部品を元の機関車から再利用し、旅客列車にふさわしい高速を出すことができる、大きな動輪を持った走行部分を新しく作って組み合わせるという手法であった。

新造よりも既存車両を活用

ちなみに、このようなアイデアが出された背景には、実際に資材が不足していたこととともに、“新しく造る”よりも“既存の材料を活用する”という計画のほうが、占領各国からの認可を得やすいから、という事情もあったと伝えられている。

なお専門的になるが、国鉄の蒸気機関車では、動輪を組み込みボイラーを載せている台枠を新しく作ったらそれは“新造”であり、その他の部分は、どれほど新品に取り替えても“改造”であると定められていた。にもかかわらずC62とC61の計画では一貫して“改造”であるとされている。

なお、活用した部品の多くは、ボイラーを含めて材料や工作の不良という可能性をなくすという目的から、後に新造品に交換されている。

こうして生まれた49両のC62は、東海道・山陽本線をはじめ、東北本線南部や常磐線などの重要線区で、特別急行(特急)や急行を牽いて華やかに活躍することとなったのである。

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