北朝鮮の「食糧不足」はどこまで深刻なのか 人口の4割、1100万人の食糧が十分でない

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クオン所長の指摘もうなずける。北朝鮮の下位層では食糧を得る手段がなく、餓死へと進む可能性もある。ただ、過去の「苦難の行軍当時のような餓死者が出る」といった状況と比較すると、今の北朝鮮経済はそれほど脆弱ではない。そして、当時と決定的に違うのは、1990年代後半と2010年代後半の国際関係だ。

北朝鮮の法・経済が専門で、訪朝回数も豊富な環日本海経済研究所の三村光弘主任研究員は、2000年代に平壌で会った北朝鮮研究者との会話が忘れられないという。それは、苦難の行軍時の話になったとき、この研究者は「純粋な心を持った人たちが先に死んでいった」と話したという。韓国のある北朝鮮研究者も「うさぎ(のような従順な人たち)は死んで、狼(のような貪欲な人)だけが生き残った」と表現することもある。

闇市場は減ったが、残る公式的な市場

これは、社会主義を信じ、国家からの配給が来ることを信じていた純粋な人たちは、最悪の経済状況になっても「国家が守ってくれる、国家が配給を再開してくれる」と期待しながら死んでいった。当時はソ連・東欧圏が崩壊して間がなく、配給を行う社会主義体制に対する信頼が残っていたのかもしれない。ただ、現在の北朝鮮国民の中で、とくに日常生活の保障という面で、体制をそこまで信じている人は皆無だろう。生きるためには、家族誰もがなりふりかまわず生きるために働く。北朝鮮の国民の意識は、はっきりと変わっている。

さらに、全国に広がった市場の役割を無視してはならない。国家から受け取る収入で足りない分は市場ですべて賄っていたという、脱北者を対象にした調査もある。いわゆる「チャンマダン」と呼ばれる闇市場は減っている一方で、政府が黙認あるいは認めた市場は依然として健在だ。また、このような市場は重要な働き口を提供し、住民らの貴重な収入源としての役割もある。「金正恩政権以降、経済が少しずつ開かれるようになってから、一般住民でも外貨収入を簡単に得られるようになった」(中国人ビジネスマン)ことも大きい。

さらに、政策があれば対策があり、だ。経済制裁で対外的な経済環境や国家による統制が厳しくなっても、自らの生活方法を変えたり、あるいは商売の方法を変えたりして、状況の変化に柔軟に対応する力を今の北朝鮮は持っている。社会主義を現在でも標榜する北朝鮮だが、苦難の行軍時のような純粋な気持ちは誰も持っていない。誰でも食べたいし、生き残りたいという気持ちは、当時と比べ物にならないだろう。

仮に餓死者が発生し急速に広がっていくという最悪な状況に進みそうであるなら、中国をはじめ周辺国が陰に陽に助けることも十分に考えられる。1990年代後半の経済危機にうまく介入・支援できなかったことが北朝鮮を窮地に追いやり、核開発といった現在につながる強硬策に突き進んだとする考え方は、中国やロシアでは少なくない。

北朝鮮は確かに貧しい国ではあるが、食糧といった基本的なことをすべて援助頼みで賄うほど貧しい国ではない。周辺の国際環境も変わっている。だからこそ、日本の中で巷間広がっている、「北朝鮮=貧しい」「北朝鮮=餓死者」という単純なイメージを持つほうがむしろ、不安定な隣国への正しい現状把握と理解ができないという問題を抱えていると言えるだろう。

福田 恵介 東洋経済 解説部コラムニスト

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ふくだ けいすけ / Keisuke Fukuda

1968年長崎県生まれ。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒。毎日新聞記者を経て、1992年東洋経済新報社入社。1999年から1年間、韓国・延世大学留学。著書に『図解 金正日と北朝鮮問題』(東洋経済新報社)、訳書に『金正恩の「決断」を読み解く』(彩流社)、『朝鮮半島のいちばん長い日』『サムスン電子』『サムスンCEO』『李健煕(イ・ゴンヒ)―サムスンの孤独な帝王』『アン・チョルス 経営の原則』(すべて、東洋経済新報社)など。

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