服従の心理 スタンレー・ミルグラム著/山形浩生訳 ~なぜ有能な人々が破滅的行為をするのか
家庭では優しく知的な人が、組織の命令によって時には大量虐殺にまで手を染めてしまうのはなぜか。
強制収容所で大量虐殺を指揮したナチス高官アイヒマンが、実は凡庸な官吏にすぎなかったことは世間に衝撃を与えた。ミルグラムは誰でもが権威に服従して、悪の怪物のようになってしまうことを、心理学の実験として論証しようとした。俗に「アイヒマン実験」という。この実験は、被験者がある人物に強い電撃を、実験者の命令を受けて与え続けるものである。ほとんどの被験者は、電撃を加える相手が苦痛を訴え、中止を求めても、権威(実験者)の命令にしたがって最高の電撃を与えてしまうことがわかった。電撃を加える方は、命令にしたがって単に義務を履行しているだけであり、良心的な葛藤はあまり観測されない。むしろ権威の期待に応えているという一種の満足感を被験者は抱いている、とミルグラムは指摘している。権威の力によって人間の感情の方向まで変化することを示していて、実に恐ろしい書物である。
なぜ有能な人々が集まる組織が、時には信じられないほどの破滅的行為をしてしまうかも本書からわかる。日本のエリート官僚たちが、長期的には破綻するにきまっているのに、今日もせっせと財政赤字の構築に余念がない。官僚たちの多くは前任者の仕事を変更しないことをもって責務と考えている。これもまた権威への服従ゆえの非合理的な行為である。本書を読むと、服従の心理を克服する処方箋には、当事者たちが自らの身の回りだけの利害だけではなく、全体的な利害に責任を負うべきことが重要であるとわかる。しかし同時に、そのような全体的な利害への配慮は日々疎んじられてしまうことも、本書はわれわれに教えているのだ。
Stanlley milgram
1933~84年、ニューヨーク生まれ。ハーバード大学で社会心理学博士号を取得の後、エール大学、ハーバード大学、ニューヨーク市立大学大学院で教鞭を執る。アメリカ科学振興協会より社会心理学賞を受賞。服従実験のほか、ソーシャルネットワーク理論の先駆けとなったスモールワールド実験など数々の有名な実験を行った。
河出書房新社 3360円 317ページ
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