EUへの民衆の支持が一段と落ちると読む理由 英国の「EU離脱再延期」でも喜べない

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この場合、保守党、労働党のどちらが勝利またどのような連立政権を組むか、再び首相が変わるシナリオを含めて、離脱交渉の展開が変わってくる。今後については、さまざまな政治シナリオが想定される。ちなみに、総選挙の結果次第で政権を担う可能性がある労働党は、関税協定を維持するなど穏当なEU離脱を目指しており、この場合ハードブレグジットの可能性はかなり低下することになる。

メイ首相の辞任、ジョンソン次期首相誕生は、為替市場ではほぼいったん織り込まれたとみられる。今後の政治情勢は流動的で、引き続きポンドは政治関連の報道で上下するだろうが、目先は、ハードブレグジットへの懸念が和らぎ、ポンドが買い戻される可能性があると筆者はみている。

ところで、3年弱にわたり迷走してきたメイ首相に対して、イギリス世論は非常に厳しい見方を示している。ただ、2016年6月の国民投票でEU離脱の可否を決める賭けに出たデービッド・キャメロン前首相の失政の尻拭い役を勤めたメイ首相の政治基盤は、極めて脆弱だった。EU離脱という政治的に困難な目標を果たすことは大変難しく、誰が首相をやっても同じ結末になっていただろう。

また、英国で高まるEU体制への不信の背景には、増え続ける移民が最大の政治テーマとなっていることがあり、英国以外の欧州各国の政治情勢を揺るがしてきた(アメリカでも移民が大きな政治テーマになっている)。5月26日に大勢が判明した欧州議会選挙では、EU体制に懐疑的な姿勢を示す政党は、ほぼ事前の調査どおりに議席を伸ばした。もっとも、現行のEU制度維持を主張する政党が多数派を占める状況は変わらず、欧州各国の政治体制に近々大きな変化をもたらすことはないだろう。

経済停滞のEUへの民衆の支持はさらに低下する

しかし、筆者はドイツを含めEU体制堅持を目指す既存政党に対するEU域内の人々の支持は、長期的にさらに低下していくと予想している。というのも、経済停滞が続いてるためだ。

相対的に優位なドイツ経済ですら輸出依存の状況で国内需要主導の成長は実現できていない。最大の理由は、単一通貨ユーロ制度の基で、ECBの金融政策が各地域の経済成長を押し上げることは難しいことである。

財政政策についても、ドイツを中心とした保守的なEU体制が続く限り、拡張方向に大きく転じる可能性は低い。ユーロ制度の根本的な欠陥、そして官僚的なEU体制という政治事情が、欧州での拡張的財政政策の足かせになる。その結果、経済政策の機能不全が低成長を招き、政治不信をさらに高める悪循環に陥るリスクが大きいのである。

アメリカでは、低成長・低インフレへの対処策として、拡張的な財政政策の必要性に関する議論が盛り上がっているが、これが欧州に影響する可能性は低いのではないか。このため、英国がEUから離脱することは、長い目でみれば英国にとってメリットが大きいと筆者はみている。

ただ離脱を実現する政治的ハードルが高く、そのプロセスが長期化し経済成長を抑制してきた。いったんEU体制に組み込まれた足枷を解き放つコストだが、一方で英国は独立した金融政策を持っているため、自らの政策対応によって経済成長を刺激することは、他の欧州諸国より容易である。結局は、次期政権によるEUからのスムーズな離脱が実現するか否かが、今後の英経済パフォーマンスを決めるだろう。

村上 尚己 エコノミスト

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むらかみ なおき / Naoki Murakami

アセットマネジメントOne株式会社 シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、外資証券、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。

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