がん早期発見に劇的進歩もたらす新技術の正体 リキッドバイオプシーへの大きな期待と不安

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グレイル社は「2019年までに最初のリキッドバイオプシーを実現する」と宣言している。

この見解に懐疑的な関係者も多いが、遅くとも数年の間に、この技術は臨床応用されるだろう。そうなれば、がん治療後の再発のスクリーニングや、がん検診にも応用されるだろう。そうなれば、冒頭にご紹介したように、がんの早期診断のあり方が抜本的に変わることになる。

前述したように、この領域をリードするのはアメリカだ。では、アメリカでこの分野を引っ張ったのは誰だろう。医師や研究者は勿論だが、バラク・オバマ前大統領の存在が大きかった。彼は、自らが主導した最後の予算である2016年度予算で、約2億1500万ドルを「プレシジョンメディスン(精密医療)」に投資した。

「プレシジョンメディスン」とは、ゲノム情報などに基づき、最適な治療方法を、最適なタイミングで提供することだ。このような流れの中で開発されたのがリキッドバイオプシーだ。

新たな技術が参入することでの問題点は?

リキッドバイオプシーは、やがてわが国にも入ってくるだろう。わが国のがん患者に大きな貢献をするはずだ。

ところが、私はこの点について不安がある。リキッドバイオプシーの普及はがん検診業界のパワーバランスを変えるからだ。この領域で生活してきた多くの人が「失業」あるいは「変化」を強いられる。必死に抵抗するだろう。

早期がんの多くを見落とし、集団の予後を改善しないことが公知の胸部X線を用いた肺がん検診など、その典型例だ。公的ながん検診に胸部X線を用いている先進国は、私の知る限り日本だけだ。国立がん研究センターを筆頭に低線量CT検査に否定的な見解を示し続けてきた。

どうすればいいのだろうか。私はリキッドバイオプシーを含め、がん検診に関する正確な情報を社会でシェアし、公で議論することだと考えている。そのためにはメディアの役割が大きい。メディアが問題点を広く報じなければ、誰も問題の存在を認識できないからだ。本稿が、その一助になれば幸いである。

上 昌広 医療ガバナンス研究所理事長

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かみ まさひろ / Masahiro Kami

1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。

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