横浜市青葉区、田園都市線のあざみ野駅から徒歩5分ほどの理容室。いつもは静かなこの場所が、2カ月に一夜、妙な熱気に包まれる。10畳ほどの空間を占拠するシャンプー台やカット台の合間に並べられたパイプ椅子に座って、中年男性15人ほどが缶ビールを片手に、熱心に講師の話に耳を傾けていた。
「いいですか~。もてるオジサンは話をするのではなく、話を聞くんですよ」。オジサンたちに「モテ術」を指南するのは30代のスナックの美人ママ。「いやいや、話さなかったら、どうやって自分の魅力を伝えるんですか」。参加者のオジサンの1人が真剣なまなざしで質問する。
この理容室で開かれるオジサンたちの勉強会「ほろ酔いセミナー」の1コマだ。オーナーの横濱晃治さん(45歳)が独立して、この地に1人で小さな理容室を立ち上げたのは2017年8月。以来、1対1で、中高年の男性客とじっくり向き合ってきた。
普段は寡黙で自分の悩みなど打ち明けることのない多くの男性が、理容室という「カウンセリングルーム」の中で話し上手な理容師と話すうちに、心の奥に閉じ込めていた思いを吐露する。客の「カミングアウト」に付き合ううちに、彼らの多くが「海よりも深い悩み」を抱えていることに気づかされるようになった。とくに振り子のように揺れているのが50代のサラリーマン男性たちだ。
50代オジサンたちの「お悩み」
「定年後どうしよう」「あと5年で退職だが、再雇用でつまらない仕事を続けるべきか」「家族とうまくいっていない」「もう出世はないし、仕事には行き詰まりを感じている。でも、家のローンもあるし」「子どもはまだ学生。やめるわけにはいかないが……」などなど。総じて言えば、「俺の人生、このままでいいのか」というお悩みである。
「俺だってまだできるんじゃないか、いや、できないんじゃないか、いや、できるかも……」という壮大な「逡巡のループ」にはまった彼らの苦悶に手を差し伸べることはできないかと、横濱さんが定期的に開いているのが、このセミナーだ。会社という「鳥かご」に長らく閉じ込められてきたオジサンたちが、定年後、ふたたび「社会デビュー」することができるように、地域との結びつきを深めたり、新しい仲間を作るきっかけにできないかと考えたのだ。
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