ピエール瀧氏の「心理」をそれらしく診断する罪

専門知の権威を借りて指弾するメディアたち

凶悪事件が起きたときにメディアは「こころの専門家」に犯人の心理分析を頼りがちです。しかし当事者と話したことのない専門家の分析は正しいと言えるのでしょうか(写真:YakobchukOlena/PIXTA)
ピエール瀧氏をめぐる報道では、臨床心理士がわずか2分の映像をもとに瀧氏の「深層心理」を読み解くものまで登場した。一方、アメリカでは精神科医によるこうした行為の是非について活発な議論がなされてきた。「ゴールドウォーター・ルール」から日本が学ぶべき視点。

「ゴールドウォーター・ルール」とは?

精神科医やカウンセラーがメディア上で、会ったことのない著名人について「診断」することはどこまで許されるべきだろうか。その行為は、倫理に反するのか?

ここ数年のアメリカでは、トランプ米大統領の支離滅裂な言動について精神科医がメディアでコメントすることをめぐり、激しい論争が起きている。

当記事は「ニューズウィーク日本版」(CCCメディアハウス)からの転載記事です。元記事はこちら

この論争には、歴史がある。鍵となるのは、アメリカ精神医学会(APA; American Psychiatric Association)が設けている「ゴールドウォーター・ルール(Goldwater rule)」と呼ばれる規定だ。そこには、「(メディアに対する一般的な知識の提供は問題ないが)当人に対して実際に診察を行い、かつ情報公開に対して適切な認可を与えられていない限り、精神科医が専門家として意見を提供することは非倫理的である」と書かれている。

このルールができた背景は、半世紀以上前に遡る。1964年の大統領選挙の際、アメリカの雑誌「Fact」が、共和党候補者であるバリー・ゴールドウォーター(Barry Goldwater)氏の適性に疑問を投げかけた。ゴールドウォーターは、差別的な言動を繰り返し、核兵器の使用をほのめかす過激な人物として注目されていた。

問題は、その記事の手法だった。「Fact」は多数の精神医学者にアンケートを取った上で、回答者の半数近くが「ゴールドウォーター候補が大統領としての適性を欠く精神状態であると判断した」と紹介。また、集まった回答の一部の記述を抜粋し、「パラノイア」「肛門期人格」「危険な異常者」といったコメントを掲載したのだ。

後にゴールドウォーターは、「Fact」を相手に名誉毀損の訴訟を起こす。そして裁判所は、「Fact」と編集者に対し、1ドルの補償的賠償金と、75,000ドルの懲罰的損害賠償を命じた。

この事件及び判決は、精神医療の専門家に波紋を広げた。判決の数年後、APAは「精神科医のための注釈を付した医療倫理綱領」(The Principles of Medical Ethics With Annotations Especially Applicable to Psychiatry)の第7条 に、先のゴールドウォーター・ルールを設けることとなった。そして、精神科医がメディアから、著名人についてコメントを求められた際、 一般的な知識の提供以上の発信をすることに警鐘が鳴らされたのである。

このルールは長らく自明視され,学術的議論の対象とはされてこなかった。しかし近年では冒頭に述べたように、特にトランプの発言をめぐって議論が本格化するようになった。

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