成長戦略の岐路に立つエレクトロニクス業界《スタンダード&プアーズの業界展望》
柴田 宏樹
小林 修
世界に広がった金融危機と景気悪化による悪影響により、民生用、総合電機から電子部品まで、幅広いエレクトロニクス関連メーカーは企業業績を一段と下方修正する懸念が高まっている。世界経済の悪化は、急激な円高を伴っているため、エレクトロニクス業界の事業環境に急激かつ深刻な変化をもたらしつつある。2009年も日本のエレクトロニクス関連企業の収益環境の悪化が続くことは避けられず、格付けの下方圧力が増すことになるだろう。
スタンダード&プアーズは、現時点で2009年の日本の実質GDP(国内総生産)成長率をマイナス1.0~1.5%と見込んでおり、年内は中小企業の倒産件数の増加や都市部での地価下落が続くとみている。日本の実質GDP成長率は2010年にプラスに転じるとみているものの、0.8~1.3%にとどまると予想している。2009年の米国の実質GDP成長率マイナス2.0%、2010年はプラス2.4%を予想している。
スタンダード&プアーズは、2009年3月期下期から始まったエレクトロニクス業界の事業環境の急速な悪化は、2010年3月期も続き、民生用家電メーカー、総合電機メーカーの回復の兆しが現れるのは2011年3月期ごろになり、、本格的な回復基調に向かうのは2012年3月期までずれ込む可能性があると、現時点ではみている。ただ、需要が徐々に戻っても2006~2007年ごろの水準まで回復することは期待しにくく、多くの製品分野で、市場規模はその当時の70~80%程度にとどまる可能性が高いと考えている。ここ数年間高い成長を示してきた薄型テレビの伸びも大きく鈍化する可能性が高い。
今後ITバブル崩壊期以上の厳しい事業環境が続く可能性
今回の環境悪化のマグネチュードを考えると、エレクトロニクス市場への影響の大きさやその後の回復力を慎重に見ざるを得ない。2000年以降数年間にわたった「ITバブルの崩壊」とその後の回復の足取りとは明らかに異なるだろう。「ITバブルの崩壊」は、1990年代後半の情報・通信産業の急激な発展と、その後の産業の成長に過大な期待を寄せた投資家と企業の過剰投資によってもたらされた。日本のエレクトロニクス企業の多くは工場や設備の統廃合、人員の削減を進め固定費を引き下げる構造改革を進め、業績は2002年3月期ごろを底に立ち直り始めて、その後5~6年にわたって収益の改善基調を続けることができた。
今回の事業環境の激変局面でも、日本企業はコスト削減はじめさまざまな構造改革の取り組みを進めると考えているが、ITバブル崩壊後の立ち直りとの相違点は多いとみている。
(1)ITバブル崩壊は他の産業にまで広く深刻な影響を及ぼさなかった。今回は自動車やエレクトロニクスなど製造業だけでなく、小売りやサービス業など幅広い業種が影響を受けている。
(2)2000年終盤から2002年初めにかけて為替相場は円安傾向だった。2008年後半から急速に世界に広がった金融危機と世界経済の悪化は、急激な円高をもたらし、日本企業を直撃している。
(3)日本企業の多くが海外の新興市場の成長を取り込み、ITバブル崩壊後の業績の立ち直りにつなげた。今回は先進国、新興市場に関係なく、景気後退の波が同時に押し寄せ、需要が低迷している。
(4)ITバブル崩壊後の業績の立ち直り期にはパソコン、携帯電話、薄型テレビなどの商品が高い成長を牽引した。今回、その成長製品が見当たらない。