運賃高すぎ北総線裁判、驚きの「住民敗訴」判決 4年半審議の結論は「原告に訴える資格なし」

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そもそも運賃値上げ時点での行政処分の違法性を問う裁判なのに、その後、鉄道を日常的に使わなくなったからと言って、原告適格を認めないことの正当性はどうなのだろうか。原告の代理人を務めた外山太士弁護士は以下のように言う。

「行政事件訴訟法の解釈の問題だが、調べた範囲では、原告適格を備えていなければならない時期について、意識的に検討した判例および論文はまったくない。ただ、あらゆる民事訴訟、行政訴訟において、当事者適格(原告適格)は口頭弁論終結時で判断するという大原則が、アプリオリに適用されているだけのようだ」。

さらに今回の訴訟について、「国が反論にかなりの時間を費やすことを裁判所が許し、また、裁判所からみて国の反論が不十分だと思う点があると、その点の反論をわざわざ促すことが繰り返された結果、4年以上の期間がかかった。本来なら、国が当該処分の適法性をある程度短い審理期間内に立証できなければ、国の敗訴という訴訟指揮がなされるべきだと思う」と話した。

「刑事裁判で無罪を勝ちとるのに近い感覚」と語るのは上智大学法学部の楠茂樹教授だ。行政相手の訴訟で意見書を書いた経験を踏まえ、「行政は正しいことをやっているはずという考えから出発し、『行政を逃す口実』があれば逃してあげるという裁判官のマインドがあると思う」と話す。

原告適格は裁判所で違法性判断をしてもらう入り口にすぎない。そこを突破できてもさらに困難が伴う。さきほどのベテラン弁護士は「仮に裁判所が原告適格を認めたとしても、その次は中身の審理で『自由裁量論』を持ち出す。つまり、司法がもの申すのは当該行為が明らかに自由裁量の範囲を逸脱しているときに限定すべきとした上で、本件では裁量を大きく逸脱したものではない、という論法だ。行政訴訟のお先はまっくらな状態だ」という。

ただし、裁判官が悪いという決め付けでは解決しないだろう。今回の判決について現行の行政事件訴訟の原則からして当然という意見も法律家には多いだろう。司法は法律の解釈をする場であり、法律に問題があれば、その解釈を離れて正義や公正を実現するのは難しい。鉄道利用者を権利主体と位置付け、移動する権利を交通権などの新しい人権として捉えていく立法努力も必要だ。

北総線第三次訴訟も

第二次訴訟で敗訴した山本氏は3月25日東京高裁に控訴するとともに、予定されている消費税の10%への引き上げ時に再度国交省が北総線の運賃そのものの適正性を検証せず、2%の増税分だけの転嫁について審理して認可するのであれば、第三次訴訟も辞さないと述べている。三男が現在中学生なので、大学を卒業するまで10年ほどあるので、原告適格は最高裁で争うまで十分だからという。

このように個人の原告適格の有無や裁判遂行能力のあるなしで、公共料金の司法による不当性判断の機会の有無が決まるということは改善の余地があるように思う。現在、消費者契約法などに違反する事業者に対して適格消費者団体が民事裁判において差止請求訴訟を起こせる制度(団体訴訟制度)がある。公共料金分野の行政訴訟にも活用できるようにしてはどうであろうか。

そもそも北総線ほど争いが続く路線も少ない。こうした紛争が続けば、国交省(国)も相当な人力をその対応に割かれる。国側の弁護費用の財源は税金だ。鉄道の運行資金は利用者が提供し、効用を得るのも利用者なのだから、まずは利用者が納得のいく運賃認可が行われるような制度作りを求めたい。

細川 幸一 日本女子大学教授

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ほそかわ こういち / Koichi Hosokawa

専門は消費者政策、企業の社会的責任(CSR)。一橋大学博士(法学)。内閣府消費者委員会委員、埼玉県消費生活審議会会長代行、東京都消費生活対策審議会委員等を歴任。著書に『新版 大学生が知っておきたい 消費生活と法律』、『第2版 大学生が知っておきたい生活のなかの法律』(いずれも慶應義塾大学出版会)等がある。2021年に消費者保護活動の功績により内閣総理大臣表彰。歌舞伎を中心に観劇歴40年。自ら長唄三味線、沖縄三線をたしなむ。

 

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