日本人男性が「ブルーマン」を成功に導いたワケ 単身渡米、親からも借金をして資金を集めた

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「最後は、母親にもお願いしました。母は離婚をして奈良の田舎で1人で暮らしていたのですが、僕の話を聞き『あんた、もうこれが最後やで。失敗したら日本に帰って堅実な仕事に就いて、一生この借金を返すために働きなさい』と言って、ローンを借りて、なけなしの金を集めてくれました。そのおかげで、1カ月だけ公演を続けられることになったんです」

そしてこのことが、後に出口さんの人生を大きく変えることとなった。

「時間はかかりましたが、口コミが口コミを呼んで、お客さんが1人増え、2人増え、1カ月後にはやっと劇場に人が入り始めて、そのさらに1カ月後にはやっと黒字化したんです」

劇場の前にはリムジンが並び始め、ウォールストリートからエリートビジネスマンや、モデルやセレブと呼ばれる人たちがブルーマンのショーを見に来るようになった。するとまた口コミが広がり、チケットが連日売り切れるようになっていった。

するとメディアの反応も変わった。「こんなショーは今までに見たことがない! アーティスティックなショーだ」さらには「あれこそ、ニューヨークのエンターテインメントだ!」と評価されるように。

さらに、その年の優れた作品に贈られる『ドラマデスク賞』も受賞。そうやって、ブルーマンの人気はどんどん広がっていき、今やニューヨークやラスベガスをはじめ、世界中でロングランヒットを巻き起こすショーに成長していった。

「出資してくださった方々にも、何十倍にしてお金をお返して恩返しすることもできましたし、ずっと心配をかけていた母にも喜んでもらえました」と出口さんは笑顔を見せた。

「これまで幾度となくつらい局面を迎えてきましたが、自分の感覚を信じて、やめずに続けてきて本当によかったと思いました。この経験は、僕に諦めないことの大切さを教えてくれましたし、“Never give up”という言葉は、今日まで続いていますね」

仕事をするうえで大切にしていること

ブルーマンのヒット後も、ミュージカルなどさまざまな作品を手がける出口さんだが、1つの作品を作り上げるまでの苦労を聞くと、そのあまりの過酷さに驚く。

「ブロードウェイでミュージカルやショーをやろうと思ったら、最低でも10億円、多い時は20億円かかるんです。その資金を集めるのも僕の仕事。これがいちばん大変です」

作品がヒットすれば、お金が何倍にもなって返ってくるが、失敗したら戻ってこないというリスクもあるので、投資家はシビアだ。さらに資金を集めないことには、作品を作ることができないので、まだ世の中にない作品の魅力を伝え、投資家から資金を集めるのは至難の技。99%断られるという。

次ページ世情によって数年単位で予定がずれ込むことも…
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