福岡の看護師が「8度の国際支援」で達した境地

紛争・災害・難民…過酷な現場に向かう理由

バングラデシュに避難してきた避難民の子どもたちに手の洗い方を教えた井ノ口美穂さん。病気を予防するために大切なことだ(写真:日本赤十字社提供)

日本で92の病院を展開する日本赤十字社(以下、日赤)。世界191の国・地域に広がる国際赤十字・赤新月運動のネットワークの一員だ。このネットワーク機関の1つである赤十字国際委員会(ICRC)とはどんな組織か、ご存じだろうか。

1859年、スイスの青年実業家アンリー・デュナンは、9千人の死傷者が打ち捨てられた悲惨な戦場を通りかかり、「傷ついた兵士はもはや兵士ではない、人間である。尊い生命を救われなければならない」という信念の下に救護を行った。

そして「敵味方の区別なく救護するための団体を各国に組織しよう」と訴え、1864年に赤十字の最初の機関として誕生したのがICRCだ。

福岡赤十字病院に勤務し、13年間で8回も海外での救援活動に派遣された女性がいる。看護師・助産師の井ノ口美穂さん。彼女はなぜ過酷な現場へ向かうのか、現地でどんな経験をしたのか、そして悩んだ末に決断したキャリアチェンジとは。退職の2日前、福岡赤十字病院で話を聞いた。優しい微笑みをたたえながらも、テキパキと動き話す井ノ口さん。飾らない人柄も魅力的だった。

将来の目標が定まったのは中学生のとき

福岡県出身の井ノ口さんが将来の夢を描いたのは、中学2年生のときだ。祖母の病気がきっかけで看護師という仕事に興味を持っていたある日、テレビで目にした光景に強く魅かれた。

「日本人の助産師がアフリカの貧困地区で赤ちゃんを取り上げていました。こんな仕事があるのか、私も看護師や助産師になって、海外で働いてみたいと思いました」。中学校の先生から、海外に看護師を派遣する日赤のことを教えてもらい、目標が定まった。日赤の看護学校に進学し、さらに京都の短大で助産師の資格を取って、1996年念願の福岡赤十字病院に入職した。

日赤には国内災害に備えた救護班があり、トレーニングを受けた看護師が救護員に登録される。さらに国際活動に参加するためには、いくつかの研修をクリアする必要がある。井ノ口さんは海外へのはやる気持ちを抑え、「まず5年は日本で看護師としての基礎を固めよう」と外科や産婦人科などの病棟で働いた。同時に海外へ行く準備も始めたが、思わぬ壁にぶつかることになった。

次ページ当初、課題となったのは英語レベルだった
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