沖縄の世論を動かした若者たちの断固たる行動 分断と歴史、葛藤の島でもがく若者たち(3)
主席公選とは、沖縄が本土に復帰する前に行われた琉球政府行政主席を選ぶ選挙で、「即時無条件全面返還」を統一綱領に掲げた屋良朝苗氏が、日米政府が推す候補を破った戦後初めての選挙だ。
今回の県民投票に、異論があることは元山さんも百も承知だ。「危険な普天間基地が固定化されてしまいかねない」「新基地建設に反対か賛成かの2択に、『やむをえない』『どちらとも言えない』の選択肢を加えるべき」などの意見も根強かった。基地建設反対派の人たちの間でも、「玉城デニー現知事が圧倒的な票差で当選したことで、辺野古反対の民意は示されている」「辺野古に土砂投入されたいま、反対勢力を辺野古に集中すべきときだ」など、「戦後世代」からの疑問の声も上がっていた。
だが、ハンストがテレビや新聞、ネットなどで報じられると、世論の後押しによって徐々に変化していく。
ウーマンラッシュアワーの突然の訪問
ハンスト2日目の16日午前10時、政治を揶揄するお笑いで有名なウーマンラッシュアワーの村本大輔さんが、朝一番の飛行機で駆け付けた。折りたたみいすに座りながら、「対談」が始まった。村本さんがまず問いかけたのが、沖縄の分断についてだ。
「この普天間の街に育った人間として、基地のこと変に言わないでくれという声もあると思うんですよ。僕も地元が福井県おおい町で原発があって、反対と言うのは大きい声では言えない空気ってあるわけ。そんななか、やり続けるエネルギーとか、どっから出てくるんですか」(村本)
元山さんは、こう答えた。
「自分の子や孫から絶対に聞かれると思うんですよね。『お父さん、あのとき何してたの。なんで辺野古の基地できてしまったの』と。そのときに、自分の言葉で話したいなと思って。じゃあ、いま自分に何ができるかなと思って」
「基地容認とかも、沖縄では言いにくいじゃないですか。元山さんもかつてSEALDsにいたけど、それだけでレッテル貼られ、話していることに耳を傾けない」(村本)。
「沖縄こそ分断を乗り越えないといけないと思うんですよね。県民投票で1つの答えを出して、分断に1つの終止符を打ちたい」(元山)
村本さんはきっと、閉塞感が漂う沖縄と、政治的な発言を続けてたたかれてきた自分と重ね合わせていたのかもしれない。約40分の「対談」を終えた帰りがけ、記者に囲まれた村本さんがもらした感想が、それを示している。
「選挙でどちらに入れたかも言えない沖縄って聞くんですよ。ケンカになるから。そのなかで意思表明して、飯食わずにあそこに座るという覚悟。僕は勇気をもらいました。大人になればなるほど空気読んで言わなくなる。彼もネットでいろいろと言われているのに、ほとんど文句言わずに誠実に淡々と語った姿。ああいう人が、自分の人生をちょっとずつ変えていってくれるんだろうな」
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