ここで知子さんは決断する。娘の愚痴を聞く役割、つまりメンタルのサポートに徹することにしたのだ。その代わり勉強面はプロに任せしようと、6年生からは塾に加えて家庭教師をつけた。
家庭教師の紹介所に頼むにあたり、まず考えたのが先生の性別だった。参考にしたのは学校での様子。「男性の先生より女性の先生のときのほうが娘を高く評価してくださることが多かった気がして。もしかしたら、女性の先生のほうが、馬が合うのではと思いました」(知子さん)。
女性の先生を希望すると、なんと高級ブランド・エルメスのバッグを提げた、20代のおしゃれな先生がやってきた。「“先生の持ってるバッグかわいい!”と、もう娘の目はキラキラ。家庭教師の先生との勉強をとても楽しみにするようになりました」(知子さん)。
「あの先生となら頑張れる」と、葉子ちゃんの笑顔は目に見えて増えた。
第2関門 親族というプレッシャー
塾内での成績は相変わらず中間あたりの葉子ちゃんだが、実は偏差値は決して悪くはない。サピとは、御三家など超トップ校を目指す子が集まる特殊な塾。中間層とはいえ、十分に高い偏差値、成績だ。
そこを見誤る親は、「もっと上がいる」「努力が足りない」と無謀なプレッシャーをかけてしまいがちだが、中学受験の経験者だった葉子ちゃんの母親は、そこをよく心得ていた。葉子ちゃんの成績を悪いとは思わず、責めることはしなかったのだ。
第1志望に決めたのは早稲田大学の附属校。押さえの2校は偏差値上位の女子校2つ。滑り止めは三田国際など数校を選んで8校の受験で計画した。
塾の担任からは「押さえの学校の1つはランクを下げたほうがいい」とのアドバイスが入ったが、家庭教師の先生からは「下げなくて大丈夫です!」の言葉。自分の感覚も信じ、押さえはそのままいくことにした。
「塾は少しでも合格校を増やしてほしいのだと思います。“〇〇中学○人合格”と、宣伝になりますから」。受験費用や入金日、受験日に合格手続きの日にちなど、段取りはエクセルで表にして管理し、手続きにミスのないよう準備した。
だが、葉子ちゃん本人は、成績が上がらないことへの不安や、トップとまではいかない志望校についてなど、コンプレックスを抱えていたようだ。冬休みもほぼ毎日通塾し、いよいよ受験も正念場。ヒリヒリするような緊張の続く毎日の中で迎えた正月、葉子ちゃんのいら立ちはピークに達する。
知子さんの家では例年、両親や兄弟家族が年明けに集まり食事と歓談を楽しむのが恒例だった。元日だけは塾も休み。葉子ちゃんの息抜きにもなるだろうと、例年どおり親族に声をかけた。
ところが、12月31日。葉子ちゃんが翌日の新年会を「やめてほしい」と言い出した。親戚が集まれば必ず受験の話になるからだという。
母・知子さんの兄弟はそれぞれに開成から東大、慶應から慶應などと秀才ぞろい。「おじさんたちは早稲田はいいが、青学はいちばん下で、それ以下はきっと人じゃないくらいに思ってる」。そう言って譲らないほど、受験を前に葉子ちゃんはとてもナーバスになっていた。
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