社会で大切なことは「無条件の愛」の学習だ 共同体メカニズムをどう政策に導入すべきか
サンデルはジョン・ロールズの正議論(上掲書の第6章に説明)を、カントの義務論に基づく社会契約とは何かに答えようと試みたものとした(上掲書第5章の最後の節)。ロールズは、仮に社会の全員が自分が社会のどの位置にいるのかわからない「無知のベール」をかぶった状態で社会契約の原則を選ぶとしたら、人々が同意する原則は正義にかなうものとなるはずだ、とする。
このような仮説的契約から、2種類の正義の原理が導きだされるとロールズは主張する。第1原理は、言論の自由や信教の自由といった基本的自由をすべての人に平等に与えるというもので、カントの社会契約論と同様に自由が重視されている。第2原理は、社会で最も不遇な立場にある人々の利益になるような社会的・経済的不平等しか認めない、という格差原理である。
行動経済学とどのように融合するか
以上、規範倫理学の3大アプローチを概説してきたが、これらはどのように行動経済学で用いていくことができるだろうか。筆者らは、3大アプローチを統合する原理をJapanese Economic Review(JER)に2015年に発表した論文(邦訳)で提唱した。
筆者らはカントの義務論の、たとえ敵であっても人を目的として尊重すべき、という義務を無条件の愛で愛するべき義務ととらえた。
無条件の愛という概念の最も重要な源泉の1つは宗教に由来する。例えば、キリスト教にはアガペーという概念がある。英国百科事典によれば、「新約聖書におけるアガペーは、父なる神の人間に対する愛であり、それは人間の神に対する応報的な愛と同様である。その術語は必然的に人間の仲間に対する愛に拡張される」。
ユダヤ教では、人間生活の規則は「汝は汝自身のように汝の隣人を愛せよ」の戒律において極点に達する。この愛には敵も含まれている。イスラム教では、天地創造のためのアッラーの愛は無条件の愛として解釈することができる。同様に、ヒンドゥー教では、バクティという概念が神に対する無条件の献身と愛を含意している。
無条件の愛という概念のもう1つの源泉は科学である。無条件の愛が恋愛感情や母性的な愛情のようなほかの感情の媒介となる神経回路網に関係する研究などがある。
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