強さの源泉--開発者という名の壮大なる参入障壁《特集マイクロソフト》
ソフトウエア業界の巨人・マイクロソフトは今、自信に満ちあふれている。
つい数年前まで、マイクロソフトの周辺はさまざまな面で騒がしかった。スティーブ・バルマーCEOがリナックスに代表されるオープン文化と全面対決する姿勢を見せたこともあったし、ネットワークサービスの分野で急成長を遂げたグーグルが優秀な人材を引きつけ始め、「マイクロソフトは過去の会社」と言われたこともある。そのたびにバルマー氏は顔を紅潮させて好戦的な態度をむき出しにし、ライバルに正面から立ち向かおうとした。
ところが、そのバルマーCEOが最近は実におとなしい。それどころか、ライバルを褒めたたえる余裕すら見せている。なぜなら、今や自社の中核部分に挑戦してくる敵がいないことがわかったからだ。
実際、マイクロソフトは“独り勝ち”の状況に向かっている。ウィンドウズビスタの評判が悪く、特に企業ユーザーの間で芳しい話を聞かないクライアントOSの分野だが、ライバルは事実上、存在しない。アップルはマックOSでウィンドウズのシェアを逆転しようなどとは考えていないはずだ。自社のハードウエアでしか動作しないようなOSが、企業に幅広く浸透するはずもない。リナックスも洗練されてきたとはいえ、ウィンドウズを脅かすような存在には至ってはいない。
企業システムを支えるデータセンター分野においても、マイクロソフトはすでに7割近くのシェアを手中に収めてしまった。クライアントOSよりも、サーバーOSのほうがリナックスの勝ち目は大きかったはずだが、それでも大半の企業がウィンドウズサーバーを基礎にしてアプリケーションを開発した。
では、なぜマイクロソフトはこれほどまでに強いのだろうか。その理由は、過去の歴史の中に見つけることができる。
開発ツールの充実で正のスパイラルを実現
マイクロソフトが躍進したきっかけは、「ウィンドウズ95」と同時に発売された「オフィス95」の大成功にある。ライバルのソフトウエアベンダーが大幅に改良したウィンドウズ95への対応に手間取っている間に、新OS専用に開発されたオフィス95でライバルを抜き去り、引き離していった。そして、オフィス95の独走が、ウィンドウズ95の成功をさらに確たるものにした。
この市場制覇に至る前に、数年にわたる“仕込み”の期間があったことを見逃してはならない。マイクロソフトはもともと、OSの普及に不可欠な開発ツールの整備に熱心だった。開発者たちが効率的にソフトウエアを開発できる環境を整えれば、自社OS上で動作するソフトウエアを増やせる。対応ソフトが充実すれば、さらにそのOSを用いるユーザーが増加する。マイクロソフトは「MS-DOS」や「ウィンドウズ3・1」といったOSで、すでにそうした上昇スパイラルを経験していたのだ。
そこでマイクロソフトはウィンドウズに機能を追加するごとに、開発ツールもバージョンアップさせ、またさまざまな用途に合った開発言語を統合した環境を整備していった。ウィンドウズ98を発売する前年の1997年には「ビジュアルスタジオ」という、今日、世界中の開発者たちが利用する開発ツールの最初のバージョンがリリースされている。
もちろん、ライバルも優れた開発ツールを提供しようとしたのだが、ビジュアルスタジオほど効率的にプログラムを書ける環境はなかった。ウィンドウズ95の大ヒットもあり、当時、脂の乗っていた開発者たちはこぞってビジュアルスタジオで開発を行っていた。そのため、学校を出て新たに飛び込んでくるソフトウエア技術者は、ごく自然に、マイクロソフトのツールの下でプログラム開発を覚えるようになった。絵に描いたような好循環である。
ビジュアルスタジオとともに提供される「MSDN」というサービスも重要な役割を果たした。これは開発者が必要とする情報をタイムリーに提供するとともに、開発時に必要となるソフトウエアのライセンスを条件付きで提供するサービス。ビジュアルスタジオとMSDNをそろえることで、開発者はワンストップで開発に必要なほとんどの情報と環境をそろえられるようになった。
いったんこうなるともう止まらない。サン・マイクロシステムズの「ジャバ」が数年をかけて整備してきたネットワークアプリケーション開発の実行基盤を、後発のマイクロソフト「ドットネット」が抜き去るのはあっという間だった。マイクロソフトはジャバ向けの開発ツールをビジュアルスタジオの中で提供しつつも、より整理されアプリケーションが作りやすい環境にしたからだ。
単純にビジュアルスタジオに開発者が慣れているから、だけではない。実際、ドットネットで提供される開発フレームワークは実にうまく整理され、ジャバよりも素早くプログラムを動かせるよう工夫されていたのだ。ビジュアルスタジオに慣れた開発者が、目の前に優れたフレームワークをぶら下げられれば、それに飛びつくのは当然のことだろう。メリットがないのに新しい技術を覚えるほど、開発者は暇ではない。