金融緩和に懐疑の目を向ける人たちの危うさ 日本には「需要先取り論」は当てはまらない

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後知恵ではあるが、デフレ脱却には不十分だった金融・財政政策が続いていたがゆえに、総需要不足と不完全雇用が続いた。このため、就業経験を得る機会を失った多くの人々は、長期にわたりスキルが必要な職の経験を得ることが難しくなり、労働市場を通じて所得を高める機会も限定的になった。

つまり、金融・財政政策の機能不全によって、他国よりも長期間の不完全雇用の状況が長期化したことで、労働生産性を抑制し、趨勢的な経済成長を左右する供給側の成長(潜在成長率)を下押ししてきた可能性があると筆者は考えている。

メディアの論調の変化も、市場心理に悪影響

これは、筆者の仮説にすぎないが、2012年までのデフレと不完全雇用によって供給サイドが抑制されていたとすれば、2013年以降の金融緩和の強化により、総需要を増やすことに加えて、それと同時に供給力を底上げする効果が表れる可能性がある。長期停滞の後の日本では、いわゆる「高圧経済」が実現する可能性があるということである。

依然デフレと長期停滞から抜け出す途上にある日本において、金融・財政政策などが「総需要の前借りにすぎない」という議論を当てはめるのは、時期尚早であるように筆者には思われる。2%のインフレ目標実現を目指すのは言うまでもないが、それに達しない段階では緩和的な金融・財政政策を徹底することが、需要・供給の双方の側面から経済成長を底上げする意味で適切な金融財政運営になりうるのではないか。

2018年10月以降、米国の株式市場が下落したことをきっかけに金融市場は混乱し、日本株市場も再び下値を模索している。10月ごろからここで紹介してきた金融緩和政策への懐疑的な見解を、日本のメディアで多く見かけるようになったが、メディアの論調の変化が、日本の株式市場の心理にも少なからず悪影響を及ぼした可能性があるかもしれない。

なお、2018年まで断続的な利上げを続けてきたFRBのジェローム・パウエル議長などは、これまでの利上げペースを和らげる方向に、今後政策スタンスを変える姿勢を示している。2018年の株安の一因になったFRBの利上げへの懸念が、2019年に和らぐ可能性がある。各国の金融政策スタンスが、金融市場の先行きに大きな影響を及ぼす状況は、2019年も変わらないと筆者は考えている。

村上 尚己 エコノミスト

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むらかみ なおき / Naoki Murakami

アセットマネジメントOne株式会社 シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、外資証券、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。

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