低い参入障壁で激しい競争、パソコン業界の悲哀《特集マイクロソフト》
家電量販店の“特等席”で今、大きな異変が起こっている。来店客の目を最も引きつける店舗1階の出入り口周辺。従来の携帯電話に代わって、「ネットブック」と呼ばれる小型で低価格なノートパソコンが店頭を飾るようになった。
ブームの先駆となった台湾アスース・テックの「EeePC」を筆頭に台湾エイサー、ヒューレット・パッカード(HP)、東芝などの製品が並ぶ。いずれも10インチ以下の液晶モニター、3時間強のバッテリー駆動時間で価格帯は5万円前後に集中している。通信プラン加入を前提に最低100円という特価で販売されたことも人気に貢献した。調査会社のBCNによると、10月に全国の家電量販で販売されたノートパソコンの4台に1台がネットブックに相当する6万円以下の機種だ。
ブームは日本国内にとどまらない。イタリアやドイツなど欧州市場でも通信キャリアと連携した販促キャンペーンが導入され、2007年末から人気沸騰。米国でも消費低迷が逆に追い風となり、既存のパソコンより値頃感のあるネットブックが伸びている。米IDCの調査によるとネットブックの世界出荷台数は08年には1088万台に達し、前年から実に10倍の規模へ拡大する見通しだ。
「ネットブックの何が魅力なのかわからない」。国内パソコンメーカー大手の幹部は首をかしげる。確かにネットブックは従来のノートパソコンに比べ機能不足だ。だがインターネットやメールを楽しむためには不足なく、何よりも安い。この機能と価格の見合い感が世界の消費者を刺激し、新市場を拓きつつある。
そして、この新種のパソコンの台頭は、水平分業化されたパソコン産業に君臨してきた“ウィンテル(マイクロソフトとインテル)”を中心とする業界秩序にも異変をもたらしている。
まずマイクロソフトの異変から見ていこう。従来、マイクロソフトは新OS発売後には速やかに旧OSの供給を止めることで新製品の普及を促してきた。しかし、ネットブックのスペックでは大量のメモリを用いるビスタは不向き。そこでマイクロソフトは旧OSのXP販売停止時期を08年6月から10年6月へ、2年先延ばしにすることを決めた。ネットブック搭載を考慮した次期OS「ウィンドウズ7」の発売までは新旧OSが併存する異例の事態だ。
OSにおける独占支配力を駆使し強引にシフトを進めればネットブックの台頭を阻止できたのかといえば、そうではない。ここにはオープンソースOS「リナックス」という強敵がいるのだ。
実は世界で出荷されたネットブックの約4分の1にリナックスが搭載されている。パソコンOS全体では9割を寡占するウィンドウズが、この市場ではリナックスの思わぬ台頭を許している。業界関係者によるとリナックスの搭載コストが10ドル以下であるのに対し、ビスタ搭載のためにマイクロソフトへ支払うライセンス料などは100ドル。低価格を実現するには、リナックスという選択が自然だった。「リナックスにシェアを奪われるくらいならXPを売り続けたほうがいい」というのがマイクロソフトの本音だ。
インテルにも変化が押し寄せている。多くのネットブックが搭載しているインテルの低電力消費CPU(中央演算処理装置)、Atom(アトム)は単価約40ドル。既存のCPUの4分の1程度だ。「アトムが既存製品の市場を共食いすることはない」。インテルのポール・オッテリーニCEOは今夏の業績説明会で強調した。低価格のアトムが高付加価値の既存CPUに取って代わり、インテルの業績を悪化させるのではないかとアナリストが質問を浴びせたからだ。が、現実にはインテルの想定を越える勢いでネットブックの需要が拡大してしまった。
インテルとしては儲けが少なかろうが、アトムを作らないわけにはいかない。OSにおけるリナックスと同様、ここにも競合がいるためだ。台湾ヴィア・テクノロジーズはHPのネットブック向けに大々的にCPUを供給。現在もHP以外の大手メーカーがヴィア製CPUを検討している模様だ。もはやインテルの思いどおりに市場をコントロールすることは不可能になっている。