「中国封じ込め」に転換か、西側新戦略の内実 ファーウェイCFO逮捕が示すもの

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政府だけではない。日立製作所など民間企業もアメリカIBMの機密情報を違法に入手したとして社員が逮捕される事件があった。経済停滞により緊張が緩和されるまでの約20年間、日本はアメリカの政治、産業、政策コミュニティーの多面的かつ執拗な攻撃にさらされた。

現在の中国の立ち位置もかつての日本と似ているが、アメリカの戦略的な危機感は一層深いだろう。当時日本政府は、市場を歪曲する産業補助はしないと何度もアメリカに約束したものだ。

今の中国政府は自由貿易の基軸であるWTOに加盟していながら、国家主導の産業育成ビジョンを堂々と掲げている。ワシントンがこれをどう見ているのか、想像に余りある。また、経済・技術の競争相手とはいえ、今も昔も日本は安全保障上の最重要同盟国だ。他方中国は、アメリカの地政学的な正面のライバルである。

対中大戦略構築への流れが始まった

国民が自由を享受する西側が歩み寄ることは想像しにくいが、かといって中国にとっても一党独裁体制の国家のあり方に直接関わる問題だ。しかも旧冷戦時のソ連と異なり、今の中国は既存路線の「成功」に自信を深めている。西側と中国の関係は今後亀裂が深まるのは避けられそうにない。

もちろん、多くの紆余曲折も予想される。中国に対抗するためには、アメリカは日本や欧州と共同して経済、技術、情報、人的な関係を一定程度管理していかざるをえない。しかし、トランプ大統領はNATOやWTOなどの多国的な協力関係を軽視しがちだ。同盟国との貿易紛争も絶えない。当然中国は西側諸国間の分断を図るだろう。

トランプ大統領が政治的な早期の妥協を図る可能性もある。欧米で反自由主義的な政治勢力が台頭しているのも不安材料だ。また、中国との経済関係を縮小すれば、西側は安価な製品の輸入や巨大な市場でのビジネスを失い、苦痛は不可避だ。

しかし、どの国も国家戦略の選択は避けて通れない。かつて歴史家ポール・ケネディは、政治、経済、軍事を統合した国家の戦略(優先順位づけ)を「大戦略」と位置づけ、数々の歴史事例の研究に基づき、平時における大戦略の重要性を指摘した(“Grand Strategies in War and Peace” 1991)。

時間はかかってもアメリカを中心とする西側諸国は、中国に対する「大戦略」の再構築に向かうと考えられる。それはやはりアメリカがリードし、戦略策源地の中心はワシントンD.C.になると予想される。ペンス演説が前述のように政策専門家のコンセンサスを告げるものだとすれば、その流れが始まったとみることができる。日本の政治・政策コミュニティーや経済界も問題を正面から受け止め、大戦略転換に備えるべきだろう。

川本 明 慶応義塾大学経済学部特任教授

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かわもと あきら / Akira Kawamoto

1981年経済産業省入省。OECD事務局(パリ)規制改革プロジェクト、電力市場整備課長、産業構造課長、内閣参事官などを歴任し、2009年に大臣官房審議官(経済産業政策局)。2012年退官、2013年より現職。『規制改革』(1998)、『司法を救え』(2001)、『なぜ日本は改革を実行できないのか』(2013)など著書多数。霞が関や国際機関での経験を踏まえて、国家戦略、規制・制度改革や企業競争力など、多様な分野での実践的改革の提言に取り組んでいる。東京大学法学部、オックスフォード大学(哲学・政治・経済)卒。

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