日銀は「日本版QE2」を決断するのか 安倍首相周辺が「増税後」懸念、金融緩和の憶測
[東京 2日 ロイター] -11月下旬からドル高/円安と日本株の上昇が目立ってきた。ヘッジファンドなど海外勢は日銀の追加緩和を米国による量的緩和第2弾(QE2)の日本版と位置づけ、先取りする形で大きなポジションを形成している。
果たして日銀は新たな緩和策を決断するのか、政府・日銀内の動きを探った。
株高/円安でも慎重な政府
日経平均<.N225>が11月27日、6年ぶりの高値を付け、ドル/円も102円台まで円安が進み、今年前半の再来かと思うような株高/円安のうねりが顕在化してきた。だが、今年前半と違うのは、政府・日銀の表情だ。
4月4日に発表された「黒田緩和」という日銀の大規模緩和以降、株高と円安が加速し、政府や日銀の関係者からは「してやったり」と言わんばかりの満足げな発言が相次いだ。
だが、今回の市場動向について、ある政府関係者は「米景気の好転や米金融政策をめぐるゼロ金利長期化の思惑など、外的な要因が主体だ」と慎重に言葉を選んで答えた。
懸念される増税後の期待腰折れ
どうして、政府・日銀は足元の円安/株高の現象を素直に喜べないのか──。「来年1月になれば、また、米債務上限問題が蒸し返され、市場に不安感が台頭しかねない」(先の政府関係者)という要因もあるが、どうやら別の問題を懸念している可能性がある。それは、やはりというべきか、消費税率引き上げ後の経済情勢だった。
安倍晋三首相の経済政策のブレーン的な存在であるリフレ派の論客は「来年4月の消費増税は、どうしても乗り越えなくてはならない。普通の人たちは、物価が3%分上がれば、その分の消費を落とす。やはり名目で判断する。大きなリスクイベントだ」と指摘する。その上で「(ここまでうまくやってきたアベノミクスへの)期待を腰折れさせないためには、一層の金融緩和が必要だ」と述べた。
節目節目で安倍首相に経済政策を進言している中原伸之・元日銀審議委員は「今はやらないが、追加緩和は4月の消費増税の前だろう」と予測する。
これに対し、来年4月の増税後も、0%台半ばと推計される潜在成長率を上回る成長を続け、需給ギャップが縮小するトレンドが継続し、物価は上昇傾向をたどるというのが、日銀の公式的な見解だ。
ただ、日銀の黒田東彦総裁は2日の名古屋での講演で、小さなリスクとして来年4月の増税後の景気下押しが「予期したより大きくなる可能性」を指摘した。これまでの会見での発言よりも、消費増税後のリスクについて、踏み込んだ認識を示し、一部の市場関係者の注目を引いた。
消費増税と日銀の追加緩和のタイミングでは、政府部内にもう1つ別のシナリオがある。2015年10月に8%から10%への2回目の引き上げ実現を確かなものにするため、日銀がサポートするという構図だ。
別の政府関係者の1人は「2回目の増税判断を来年秋には下す必要があり、その前に日銀が何らかの判断をする可能性があるのではないか。黒田東彦総裁も財政再建の必要性は十二分に理解している」と述べる。
財務省内でも、2013年度補正予算案が来年1月からの通常国会冒頭で成立し、14年度予算案が巨大与党の賛成多数で年度内に成立すれば、しばらくは機動的に動けなくなることを念頭に「時間稼ぎとして金融政策が効くなら、それはやってもらえばいい」(財務省関係者)という声が漏れてくる。
実際、最近の株高/円安は、市場が日銀の追加緩和を米連邦準備理事会(FRB)のQE2になぞらえ、先行して日本株買い/円売りを仕掛けた結果だ。「JQE2」とも呼ばれ始めた日銀の追加緩和が発動されれば、円安と株高に弾みが付くと読む外資系の市場関係者が急速に増加している。
始まった事前の動き、ETF増額を検討
11月22日の衆院財務金融委員会の終了後、麻生太郎副総理兼財務・金融担当相と黒田総裁が委員会室に残ってヒソヒソと話し合っているのを何人もの政府・日銀関係者が目撃した。
どのような情報の交換があったのか、今のところ不明だが、日銀は足元における外資系主導のQE2相場に対し、火のない所にも煙が立つ典型的なケースと表現し、早期の追加緩和の可能性を明確に否定している。
10月の消費者物価指数(除く生鮮、コアCPI)は前年比プラス0.9%と上昇幅が拡大。着実に2%の目標に近づいており、物価の推移は何ら下振れしておらず、追加緩和を検討する必要がない、という立場だ。
ただ、将来の追加緩和に備え、何もしていないということではなさそうだ。複数の日銀筋によると、追加緩和の手段として上場投資信託(ETF)の増額について、他の手段と比較した長所・短所を勘案しつつ、具体的な手法についてシミュレーションしている。
問題意識の1つとして、国債の買い入れの増額だけを緩和の基準にするのではなく、日銀が取る「信用の規模」を目安にするというアプローチについて検討するアイデアも浮上している。
排除されていない国債の追加購入
一方、これとは別のシナリオも存在するようだ。日銀に近いある関係者によると、現在の「黒田緩和」では国債を年間に70兆円買い増す計画だが、QE2ではこれをさらに大幅に増額しマネタリーベースを増加させ、日銀の「本気度」を示すという手法も検討される可能性があるという。
ただ、副作用として円債市場の大幅な機能低下が避けられない上に、世界のどの中銀も試したことがないという本当の意味での「未知の領域」に入るという大きなリスクが存在する。
多くの日銀関係者は、一般論としたうえで、「手段はもうないということはない」と説明しており、現実に追加緩和を決断する場合には、幅広い領域を対象に具体策が検討されそうだ。
2年・2%の期間伸ばすアイデア
追加緩和を決断する際に、買い入れ資産の量は変えずに、2年間という現在掲げている期間を撤廃し、「達成できるまで継続する」という手法に切り替えるというアイデアもあるようだ。
この手法を支持する声は、財務省内から聞かれる。別の財務省関係者は「追加緩和の結果、長期金利が上がり出すということは避けなけれなならない」と主張する。追加緩和と長期金利の上昇回避を両立させる案として、2%達成まで現在の資産購入を継続するという「オープンエンド型」へのモデルチェンジが意識されている。
ここでも、黒田総裁の発言がマーケットに波紋を投げかけている。名古屋での2日の会見で、2年で2%の物価目標達成は、2014年度末までに達成するということではなく「14年度後半から15年度前半にかけ、2%に近づくとみている」と述べた。
さらに「安定的に2%で推移するまで」と黒田総裁は付け加え、市場関係者の一部では「2年の期間が大幅に延長される布石の発言ではないか」という思惑が広がった。
ただ、「黒田緩和」にとって、2年で2%という強いコミットメントは「錦の御旗」的な存在だ。総裁も2年2%の目標を修正する必要がないと2日の会見で強調、日銀内で2年で2%という大方針の変更に賛成する声は少ない。
円安でも伸びない輸出数量、政策判断に微妙な影響も
追加緩和の時期や内容をめぐっては、円安が日本経済に与えた効果に関する見方も微妙な影響を与えそうだ。「黒田緩和」の結果、ベースマネーが急増し、これを材料に海外勢主導で円安が進み、円安を好感して株高が現出。株価上昇を大きな要因として個人や企業のマインドが好転し、消費や設備投資が増加基調にある──というのが、政府・日銀の主流的な見方だ。
ところが、政府部内の一部では「円安になっても、輸出数量がかつてのように増加せず、国内の景気刺激効果は、実体的には小さくなっている。大幅な追加緩和で急速に円安が進むことの副作用も意識すべきだ」という声が出ている。
黒田総裁は、会見などで円安と輸出数量の増加には、かつてのケースでもタイムラグがあったと説明し、今後の動向を見守る立場を維持している。
だが、輸出数量が伸びないと、国内の下請け企業への利益波及が思うように進まないという現象も出てくる。追加緩和のメリットとデメリットを判断する際に、メリットが小さくなる可能性もある。
金融政策に回帰する可能性秘めたアベノミクス
アベノミクスを構成する3本の矢のうち、2本目の矢の財政政策は13年度補正、14年度本予算の中身が年末までに決まり、3本目の成長戦略は紆余曲折の末、大きな目玉政策がないまま来た。
安倍政権の推進力を加速させるエンジン役として、1本目の矢である金融政策への期待が、いやがうえにも高まる構造ができていると言えるのではないか。
先のリフレ派のブレーンは「日本で景気対策を一番(効果的に)打てるのはどこの役所でもなく日銀だ」と言い切った。黒田総裁がリードする日銀の一挙手一投足に焦点が当たることになりそうだ。
(伊藤純夫 木原麗花 竹本能文 編集:田巻一彦)
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