サウジ記者殺害「ありえない幕引き」の代償 CIAはムハンマド皇太子はクロと断定したが

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ただ、皇太子が指示した「決定的な証拠」はないとされ、アメリカ国務省のへザー・ナウアート報道官も「(報道は)不正確だ」と述べ、皇太子は事件と無関係と主張するサウジ政府やトランプ大統領が描く「一握りの当局者の暴走」というシナリオに沿って事件の最終的な幕引きが図られる方向になった。

トランプ大統領が皇太子をここまで擁護する理由はいくつもある。サルマン国王の寵愛を受けて異例の若さでナンバー2に抜擢されたムハンマド皇太子の指導力が揺らげば、サウジ王室内で権力闘争が激化し、政治的に不安定になるとの懸念がまず挙げられる。さらに、ムハンマド皇太子を守ろうとしているサウジ側と対立すれば、同盟関係が動揺し、ロシアや中国が中東での影響力を強めるおそれがある。兵器の大口顧客を失いたくないという実利的な判断も大きい。

また、トランプ大統領の娘婿であるジャレッド・クシュナー大統領上級顧問とムハンマド皇太子が個人的に親密な関係を築いており、ここにイスラエルのネタニヤフ首相も加わっている。パレスチナ紛争の核心的議題の1つで帰属が争われているエルサレムへのアメリカ大使館移転も、3者の個人的な関係によって大きな政治問題になることなく、トランプ大統領は公約を守ることが可能になった。こうした親密な関係が崩れれば、トランプ大統領の中東戦略は大きな見直しを迫られる。

巧みなトルコ大統領の術策

トランプ大統領は当初から、ムハンマド皇太子らサウジ王室は事件と無関係との線で事件を終わらせようとしていた。そこに立ちはだかったのがトルコのエルドアン大統領だ。

トルコは、中東で対立関係にあるサウジの動きを知るため、日頃から盗聴していたようで、この「決定的な証拠」を使って情報をメディアに小出しにリークして報道合戦が過熱。エルドアン大統領は報道が小康状態になった11月10日になって、「サウジのほか、米英独仏に現場の音声記録を提供した」と述べ、カショギ氏殺害事件が沈静化しないよう巧みに動いた。

自国の総領事館での殺人というトルコにとって看過できない事件だが、リラ安という経済的な苦境に直面するトルコは、サウジから経済的支援を引き出し、シリア内戦でのクルド民兵支援問題などで対立するアメリカから政治的な譲歩を得られれば、アメリカ―サウジが描くムハンマド皇太子は事件と無関係とのシナリオで手打ちに協力するのではないかという観測もあった。しかし、エルドアン大統領は予想外の長期にわたって強気姿勢を崩さず、大統領に矛を収めさせる値段は吊り上がっている。

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