民主党政権「影の総理」、仙谷由人氏の功罪 享年72、親分肌の政治家だった

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違法行為に対して司法の手続きに乗せるのは当然のことだが、自民党政権下ではそうはしなかった。「尖閣諸島は日本領土」というのが建前だが、故・田中角栄首相が訪中した際に「領土問題は棚上げ」したという密約説もある。そこは「大人の対応」ということで、中国政府と極秘に連絡を取ったうえで解放していたのである。

当時は菅政権内でこの経緯について知っていた人はほとんどいなかったのだろう。官房長官として政権の中枢にいた仙谷氏も例外ではなかった。だからこそ当初は法律家として法の手続きに乗せるのが妥当と判断したのだろうが、中国政府が本気で怒っているのに気づくと、旧来の知人である対中ビジネスコンサルタントの篠原令氏に橋渡しを依頼し、2009年の小沢氏の大訪中団で事務総長を務めた細野豪志衆議院議員を“使者”として北京に送り込んだ。

この事件は日中関係を悪化させたのみならず、「民主党政権の失政」としていまなお続く国民の不信の原因になっている。

「事実上の官房長官」として留任しようと画策

またこの件で仙谷氏は参議院から問責決議を受け、自ら辞任しなかったものの、翌2011年1月の内閣改造で解任された。これはまったく本意ではないものだったようで、仙谷氏は事実上でも官房長官として留任しようと画策していたという事実がある。

というのも、官房長官候補として菅首相が本命としたのは藤井裕久元大蔵相だったが、藤井氏は年齢を理由にこれを固辞していた。その藤井氏の事務所に仙谷氏が突然訪れ、「官房長官を受けてくれ。私が副官房長官になって、官房長官の仕事をやる」と申し出たのだ。

もっとも藤井氏が官房長官を受けず、官房副長官に就任したため、この時の仙谷氏の目的は達せられなかった。しかし3月には藤井氏と交代して官房副長官に就任。ベテランとして枝野幸男官房長官や福山哲郎副長官を指南する役割を期待されたが、仙谷氏の思うようにいかなかったようだ

そうしたことも2014年の衆議院選での出馬をあきらめるきっかけになったのだろう。そもそも仙谷氏はさほど権力欲のある政治家ではなかったのかもしれない。前述の松井氏がこう述べたことが印象的だ。

「民主党がつくったスローガンは『コンクリートから人へ』などいろいろあるが、『チルドレンファースト』は仙谷先生が『これはいいね』と採用されたもの。このスローガンは自民党政権でも通用する普遍的なものだと思う」

その温かな視点こそが、仙谷氏の政治の原点ではなかったか。その真価については後世の歴史家に委ねることにして、いまはご冥福を祈りたい。

安積 明子 ジャーナリスト

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あづみ あきこ / Akiko Azumi

兵庫県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。1994年国会議員政策担当秘書資格試験合格。参院議員の政策担当秘書として勤務の後、各媒体でコラムを執筆し、テレビ・ラジオで政治についても解説。取材の対象は自公から共産党まで幅広く、フリーランスにも開放されている金曜日午後の官房長官会見には必ず参加する。2016年に『野党共闘(泣)。』、2017年12月には『"小池"にはまって、さあ大変!「希望の党」の凋落と突然の代表辞任』(以上ワニブックスPLUS新書)を上梓。

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