ホンダ65年型「F1マシン」は今もバリバリ走る 国産初優勝RA272から感じる50年以上の鼓動
車重500kgに満たない車体が動きだすのだが、逆回転クランクシャフトエンジンの加速はノーズを押さえ気味にする特別な感触を感じる。各回転でスロットル開度を確認しながらエンジン各気筒の着火状態を把握するためにエンジンの吸気音と排気音に全神経を集中させる。
12気筒もあれば、着火不良のシリンダーがあったとしてもエンジン回転が上がってしまうからだ。しかし、その場合、着火していないピストンやコンロッドに大きな負担を掛けてしまい、回転数次第ではエンジン破損となってしまう。
また、水温が上昇しているものの、各エンジン部品の適温までには走行を重ねながら温めて行くことにする。エンジン回転計の最大回転指示は12000rpmとしているので、その範疇でスロットル開度を合わせながらエンジンを確認。全域にわたってバランスがとれていると判断した。
残り時間は高回転+スロットル開度を100%まで開けた負荷を掛けた状態で走行。とはいえ、この領域でのシフト操作ミスは厳禁だ。フライホイールマス(慣性重量)の少ない高回転エンジンは、1度のシフト操作ミスでエンジン回転が急上昇し燃焼室を破損させてしまう恐れがある。
慎重ながらも然るべき走行状態でマシンを評価する。車体の仕上がりも良く、前後サスペンションストロークから来るピッチ・ロール・ヨーの動きもドライバーの予測内での動きだった。
また、ブレーキングスタビリティもフロント左右のアームがバランス良く沈みながらの安定したものであった。全体的なフィーリングはF1マシンとは言え、現代とは明らかに違いのある1500cc時代のミドルフォーミュラサイズだ。いや、ドライブ感はそれ以上にコンパクトに感じる。
1960年代の挑戦があったからこそ今がある
RA272は直近での走行予定がないので、この状態をキープしてもらうことをエンジニアにリクエストしテストは無事に終了。コレクションホールでの展示に戻っていった。
このマシンが開発された1960年代、国内にはマイカー時代が到来、国内初の都市間高速道路、名神高速が栗東―尼崎間で開通。F1グランプリという存在すら誰も知らなかった1960年代前半、量産自動車さえ持っていなかったホンダのチャレンジグスピリットは、高い技術の裏付けがあったと言える。
この時代に、ホンダをはじめとする各メーカーの世界への挑戦があってこそ、製品輸出が伸び外貨を稼ぎ国内が豊かになっていったことで日本は高度経済成長を成し遂げたのではないか。
今回、RA272のテストドライブを通じて改めて先人の成し遂げたチャレンジングスピリットを感じることとなった。
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