阪神電鉄vs甲子園「名物食堂」退去めぐる対立 シーズン終了近いが、「場外乱闘」はまだ続く

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それでは裁判所の判断はどうなるのか。阪神電鉄の意向通り、賃貸借契約の更新拒絶が認められるには、その理由が正当かどうかが問題になる。

最終的な争点は立ち退き料の額か?

借地借家法に詳しい佐瀬正俊弁護士は、「無断増築に50年以上も異議を唱えなかったため、黙認していたと判断されても仕方がない。ゆえに無断増築を理由とした更新拒絶は難しいが、自治体が再開発の許認可を下ろしている以上、更新拒絶に公共性と正当理由は備わっていると考えられ、その正当性を補完するのが立ち退き料」だと言う。

賃貸借契約の当事者に関する争いについても「賃借人としての地位は、誠之助氏から哲也氏ら3人の相続人に相続されたと考えるのが常識的」だという。

事業だけでなく、賃借人としての地位まで法人に移したのであれば、その時点で多額の納税が発生してしまうので、通常はそういった処理をせず、誠之助氏が法人に転貸したという関係であれば、納税は発生しない。

その地位を哲也氏ら3人が相続したとすれば、現在も哲也氏ら個人3人が賃借人であり、法人は3人から転貸を受けていることになるが、哲也氏の妹は食堂経営には関与していないため争う意思はなく、母親は哲也氏に任せる旨を表明している。とすれば、阪神電鉄側が送った更新拒絶の通知はおそらく有効と判断される。

もっとも、1979年に誠之助氏が締結した契約書には、譲渡転貸禁止の条項が入っているが、法人設立から30年近くが経過しており、転貸についても阪神電鉄側が黙認していたと判断される可能性が高い。

結局のところ、阪神電鉄は妥当な額の立ち退き料を支払えば、日吉食堂を立ち退かせることは可能であり、だからこそ佐瀬弁護士は「裁判所としては和解を進めるというのが一般的なやり方」だと見る。

当初阪神電鉄が哲也氏に提示した金額は1359万8000円。この店で上がっているであろう利益を基に計算すると、この金額が妥当と考えたようだが、この額に哲也氏は異議を唱えている。

立ち退き料は何を基準にすべきかとなると、「かなり難しい問題」だという。

●賃貸借の権利の時価を算定し、その範囲内で裁判所がその権利を放棄する場合の対価を決める方法
●同様な賃貸借をするために必要な金額がどの程度なのか、それが現行賃料よりも高いのであれば、その差額を補填できる金額とする方法
●和解時点から一定期間使用を認めることで、和解金の額を下げる方法

などさまざまある。

裁判所は現在、立ち退き料を計算するための鑑定手続きを進めており、争点は立ち退き料の額に集約されるだろう。とすれば日吉食堂はいずれ閉店を余儀なくされる。

今でこそタイガースは毎年ホームゲームで300万人弱の観客を動員する、巨人と球界1、2位を争う人気球団だが、1970年代半ばまでは100万人を割る年が大半で、球場には閑古鳥が鳴いていた。

日吉食堂に長く通う常連客の中には、その頃から甲子園に通い続けているプロ野球ファンや高校野球ファンが少なからずいるという。

これから甲子園はオフシーズンに入る。日吉食堂は野球開催日しか営業しない。オフシーズン中に事態が進展し、来年3月にプロ野球が開幕してみたら、店が跡形もなくなっていたというのではあまりにも寂しい。

阪神電鉄には日吉食堂の経営者だけでなく、常連客も納得できるような着地点を探ってほしい。

伊藤 歩 金融ジャーナリスト

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いとう・あゆみ / Ayumi Ito

1962年神奈川県生まれ。ノンバンク、外資系銀行、信用調査機関を経て独立。主要執筆分野は法律と会計だが、球団経営、興行の視点からプロ野球の記事も執筆。著書は『ドケチな広島、クレバーな日ハム、どこまでも特殊な巨人 球団経営がわかればプロ野球がわかる』(星海社新書)、『TOB阻止完全対策マニュアル』(ZAITEN Books)、『優良中古マンション 不都合な真実』(東洋経済新報社)『最新 弁護士業界大研究』(産学社)など。

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