阪神電鉄vs甲子園「名物食堂」退去めぐる対立 シーズン終了近いが、「場外乱闘」はまだ続く

印刷
A
A

阪神電鉄への賃料は30年近くにわたって(有)甲子園給食名義の口座から自動引き落としされており、この間、阪神電鉄側は一度も異議を唱えてこなかったではないか、というわけだ。

これに対し阪神電鉄の主張は、賃貸借契約の当事者は誠之助氏の相続人である哲也氏と誠之助氏の妻(=哲也氏の母)、哲也氏の妹の3人なので、(有)甲子園給食に通知を送る必要はない、というものだ。

もはや誰もわからない増築の経緯

次に無断増築について。訴訟記録によれば、1948年、この場所に阪神電鉄が1棟あたり14.87㎡の平屋の店舗建物5棟を建て、1棟は1962年に滅失登記をした、とある。不動産登記簿上も、1948年8月に新築された、1棟あたり床面積14.87㎡の4棟の平屋の建物が今も存在することになっており、すでに取り壊されている3棟の滅失登記はされていない。

だが、日吉食堂の床面積はどう見ても14.87㎡よりもはるかに広い。それもそのはずで、阪神電鉄は日吉食堂が無断増築を繰り返し、現在の床面積は284㎡になっていると主張しているのだ。

訴訟記録や過去の住宅地図から類推すると、当初末吉氏が借り受けたのは、おそらく5棟のうち北から2棟目の建物だろう。両隣の建物が火災などで消失した際に、南北にそれぞれ広げる形で増築をしたものと考えられる。

だが、1960年代後半には、日吉食堂は現在の面積になっており、今となっては増築の経緯は不明で、無断だったかどうかもわからない。少なくとも阪神電鉄は2016年9月に賃貸借契約の更新拒絶を通知する書面を送り付けてくるまで、50年近くも無断増築だなどと言ってきたことはない、というのが哲也氏の主張だ。

実際、国会図書館で閲覧可能な過去の住宅地図を確認したところ、1970年版ではすでに日吉食堂の広さは現在のものになっている。この時点ではやっこ旅館の喫茶店と日吉食堂の間に甲子園シミズという喫茶店があるが、2009年版ではこのシミズの建物が消滅。

2010年版になると、このシミズの跡地に、日吉食堂側とやっこ旅館の喫茶店側の2カ所に、互いに向き合うように小さな建物が登場する。阪神電鉄グループのウエルネス阪神が経営するグッズショップである。シミズ退去後、建物が取り壊され、その跡地がダイエー甲子園店と駅前広場を結ぶ通路になっていたので、人が通れるように2棟に分けたのだろう。

次ページ裁判所の判断はどうなるのか
鉄道最前線の人気記事
トピックボードAD
関連記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
トヨタが新型クラウンから始める販売改革の衝撃
トヨタが新型クラウンから始める販売改革の衝撃
平気で「サラダ」を食べる人が知らない超残念な真実
平気で「サラダ」を食べる人が知らない超残念な真実
任天堂Switchが「6年目でもまだまだ売れる」根拠
任天堂Switchが「6年目でもまだまだ売れる」根拠
宅配ドライバー「多重下請け」で疲弊する深刻問題
宅配ドライバー「多重下請け」で疲弊する深刻問題
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
  • 新刊
  • ランキング
東洋経済education×ICT