阪神電鉄vs甲子園「名物食堂」退去めぐる対立 シーズン終了近いが、「場外乱闘」はまだ続く

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現在甲子園球場一帯では再開発計画が進行中で、再開発区域には甲子園球場、駅前広場のほか、駅の北側の一部と球場の東側一帯も含まれている。周辺道路は西宮市が、バスターミナル、球場と駅前広場は所有者である阪神電鉄が整備する予定で、2019年度までに商業施設の建設と無電柱化、円形広場の創設などが計画されている。

再開発の告知看板には広場が創設されることが記載されている(筆者撮影)

西宮市が公開している計画によれば、この計画によって、甲子園駅から球場までの野球開催日以外の1日あたりの歩行者交通量を、2014年度実績の686人から、2019年度には754人に増やし、歩行者満足度を25%から30%に引き上げる、とある。 昭和風情全開の建物はすべて撤去される予定だ。

1948年、阪神電鉄がこの土手上に5棟の店舗用建物を建設。いちばん南側の店舗を借り受け、うどん屋を開業したのが、やっこ旅館の芳本政次郎氏だ。やっこ旅館は甲子園球場から徒歩3分の場所にあり、高校球児の定宿になっている老舗旅館。特に鹿児島県代表との縁が深く、先頃引退を表明した巨人の杉内俊哉投手も鹿児島実業在学中に宿泊している。

開業には意外な理由があった

甲子園駅から球場に向う通路沿いに日吉食堂がある

終戦直後、甲子園球場周辺の治安が悪化したため、「言わば見張り役としてこの場所で商売をしてほしいと、阪神電鉄から頼まれて入居した」というのが、政次郎氏の長男・輝夫氏が父親から聞かされている“開業の経緯”だ。

政次郎氏のうどん屋はその後、長男の輝夫氏が引き継ぎ、喫茶店、ラーメン店へと業態を変更。ラーメン店に変えたことについては、阪神電鉄からは無断転貸という指摘を受けたが、「ラーメンを作れる店長を雇ったのであって、経営者は自分」というのが輝夫氏の主張だ。

輝夫氏が阪神電鉄から立ち退きを求められたのは2016年シーズン終盤。「再開発をするから来年1年で出ていってくれと言われた。長年この場所で商売をしてきたのに、高校野球100周年の年に営業できないのは無念に思った」という。

阪神電鉄側から再開発に関する説明はなく、再開発後の建物に入居させる意思は全くないことは明らかだったため、悔しい思いはあった。だが、「甲子園球児を預かる家業である以上、球場を所有する阪神電鉄とコトを構えたくない」と考え、立ち退きに応じた。

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