「子どもと向き合えない」日本の親たちの苦難 時間がありすぎるか、なさすぎるかの両極端

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池本美香編『子どもの放課後を考える―諸外国との比較でみる学童問題』では冒頭に、「かつては、在校時間外の自由な時間に、家庭や地域社会において、子どもは人格形成や情操教育につながる様々な体験をしていた」との問題提起がある。つまり、日本でも従来は家や近所で大人の手伝いをすること、地域や団地のような場所でさまざまな年齢の子どもと交流すること、自発的な遊びや自然体験などができた。

が、昨今では「女性の就業の増加で地域活動の担い手が減り、都市化とともに自然の空間が減り、モータリゼーションとともに交通事故や犯罪の不安も高まり、子どもが社会を体験できる機会が制約されつつある」。つまり、大人がついていないと危ない環境が増えるなか、共働き世帯が増えることでその「大人」の確保も難しくなっている。

そこで、この本は「家庭や地域社会といった“学校外”での子どもの教育機能が低下するなか、この学校外教育の機能を再構築する必要性」を訴え、各国の学童保育などの紹介をしている。たとえばこの本ではスウェーデンでは2000年ごろから親の就労のためというよりは子どもの権利として、子どもにとって望ましい保育環境を整備している様子や、フィンランドでは就業時間が8~16時で、学童は17時に閉所することなどが書かれている。

保育園そのものや学童保育の質を上げ、さらに居場所の量を確保して親の就労にかかわらず通えるような仕組み。そして子どもが持て余す時間が長すぎるか短すぎるかの二極化にならず、親が17~18時といった“そこそこの時間”に帰ってこられる働き方。この両輪が必要ではないだろうか。

長時間労働ありきでは、無理だ

この連載では何度も繰り返していることだが、日本社会は、企業に雇われている人は長時間労働ありきで、家事や子どものケアをするといったことは専業主婦が担うことを前提にして成り立っている。しかし、共働きも増えるなか、過去実現していたそれらのことを従来どおりの態勢で実現しようとすると、無理が生じる。

家庭内で育児をすべて担うのではなく、外部の力を借りられること。でも外で子どもが不自由を強いられるのでなく、羽を伸ばせる環境があること。

そして、「早く食べて」「早くお風呂に入るよ」「早く寝て!」と追い立てなくても日々を回せ、子どもの話を聞ける最低限の時間を確保できるような時間に親が帰ってきて、子どもとそれなりに向き合えていると感じられること。

そうした生活を求めることはぜいたくなのだろうか?

前回書いた習い事の話(「『週5で習い事』の教育過熱はなぜ起きるのか」)のように、それぞれの家庭がお金をかけることによって教育や子どもが過ごす時間の質の問題を解決するのではなく、社会全体のあり方として保育や学童の環境を議論していくときが来ているのかもしれない。

中野 円佳 東京大学男女共同参画室特任助教

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なかの まどか / Madoka Nakano

東京大学教育学部を卒業後、日本経済新聞社入社。企業財務・経営、厚生労働政策等を取材。立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、2015年よりフリージャーナリスト、東京大学大学院教育学研究科博士課程(比較教育社会学)を経て、2022年より東京大学男女共同参画室特任研究員、2023年より特任助教。過去に厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」、経済産業省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員を務めた。著書に『「育休世代」のジレンマ』『なぜ共働きも専業もしんどいのか』『教育大国シンガポール』等。

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