サウジアラムコ上場中止に見る王国の「焦り」 ソフトバンクもサウジ投資には慎重になる?

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2016年ごろからサウジアラビア政府は世界で説明会を開催し、改革・開放の目玉として、サウジアラムコのIPOをプレゼンテーションしてきた。これは日本でも開かれている。サウジアラムコは世界最大の国有石油会社であり、石油の上流(開発・生産)から下流(石油の精製・販売)まで手がける、一貫企業だ。もともとは米国が創設した会社であるが、1980年に完全国有化されたという経緯がある。

この華々しいプレゼンを目にしたアナリストたちのコンセンサスは、次のような期待に膨らんだものだった。

①サウジは一時、1バレル=40ドル割れになった原油価格下落により、財政難に陥った。この打開策として海外株式市場(ニューヨーク、ロンドン、シンガポール、あるいは東京も)でのIPOを目指した。

②サウジアラムコの上場によって、決算報告(アニュアルリポート)は透明性を高めることになり、同社にたかっていたサウジ王族の利権が縮小される。そのことでムハンマド皇太子の権力基盤が高まって、サルマン国王の「次の座」が確実なものになる。

③サウジアラムコのIPOを受けて、巨額の上場益がサウジアラビアに入り、その上場益を原資に何兆円という政府系ファンドが形成される。日本ではソフトバンクがサウジアラビアと組み、10兆円規模のファンドが予想されることが報道された。

今回のロイターのスクープが本当ならば、ムハンマド皇太子が掲げる「サウジビジョン2030」への期待がしぼむことになろう。一方でサウジアラビア政府関係者は、この報道を否定している。いずれにせよサウジアラムコのIPOの実現性は、かなり低下したといわざるをえない。

まともな財務諸表を作れるのか危ぶむ声も

なぜサウジアラムコのIPOが今になって中止になるのか。理由を筆者なりに推測してみたい。

まず、2016年ごろに比べて、原油価格は大きく上昇しており、サウジアラビアの危機感も弱まっていることだ。

また、たび重なる王族の粛清でムハンマド皇太子の権力基盤が強化され、次期国王が確実視されていることもある。2017年に実施された王族の汚職追放によって権威と財産を奪い、ムハンマド皇太子のライバルになりそうな王族の力を削いだ。これ以上、王族をサウジアラムコIPOによる利権剥奪で追い詰めると、かえって、ムハンマド皇太子の失脚や暗殺など「窮鼠(きゅうそ)猫を噛む」という異常事態を招きかねない。

さらにはサウジアラビアが安全保障を依存するアメリカが、トランプ大統領になってからの180度の政策転換によって、オバマ前大統領時代の冷え切った関係から、旧来の緊密な関係を取り戻したことも大きい。とりわけアメリカがイラン制裁を再開したことは、サウジアラビアにとって大きな安心材料だ。

つまりは、「サウジビジョン2030」の公表時期とは、環境が変わったということである。

実はサウジアラムコのIPOについては、かねてから実現を危ぶむ意見が強かった。サウジアラムコの資産や負債、自己資本などについて、ニューヨークやロンドン、シンガポール、東京などの株式市場で通用するまともな財務諸表がつくれるかどうか、疑問視する声があった。このため、サウジアラムコのIPOがリヤド(サウジアラビア首都)限定になる、という観測も流れた。

もし、今回のサウジアラムコIPO中止が事実とすれば、ムハンマド皇太子が進めてきたサウジアラビアの改革・開放への信頼性が大きく低下する。日本のソフトバンクを含めて、サウジアラビア関連投資への期待を膨らませた海外投資家を、より慎重にさせることになるだろう。

内田 通夫 フリージャーナリスト

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うちだ みちお / Michio Uchida

早稲田大学商学部卒。東洋経済新報社入社。『週刊東洋経済』の記者、編集者を歴任。

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