プライドが人一倍高い人のサバイバル術 「負けるのが嫌い」な人はどう生きていけばいいのか

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「自分だけ」の仕事をすれば勝ちも負けもない

予備校にも、人もざわめく人気講師とまるで人気のない講師がいる。カント研究者なら、博士論文を書き、学会で評価され、大学にポストを得て……とたいへんな競争が待っている、そして勝ち組と負け組の差がはっきりしている。しかし、自分だけの仕事をすれば、勝ち負けはないのだ。カネは何か地味な仕事で稼いで、メインの目的を「哲学研究」ではなく「哲学」に絞り、すなわち生活全体を哲学的に作品化し、そうすれば、絶対に失敗することはない、生きていける。そう思いました。

ずるいことに、哲学特有のごまかしやすさも手伝って、大学教授にならなくても、作家・評論家にならくてもいい、樽のディオゲネスのように、貧しく生きて「真理」を追求すればいい、膨大な書を読んで深遠な思想を展開し、だが誰も知らない「ひそかな哲人」として生き、そして死ねばいい、そうすれば最低の「プライド」は保てる、そう思いました。

そして、エピクロスが言うごとく、「隠れて生きる」ことこそ本当に哲学をする態度だ、とも思い、私は翻訳や通訳によってドイツ語でカネを稼ぎ、ちょっとした大学の非常勤講師あるいは塾の職でもあれば満点だと思い、実はこうした計画の基にドイツ語を磨くために1年半の予定でウィーンに私費留学したのでした。しかし、彼の地に着いてから、その予定が狂い……という話は、今まで何度もしてきたので、ここでは割愛しますが、当時のプランは、今、考えてもなかなかよかったと思っています。

そして、私の実感ですが、こうした切羽詰まったときの人生設計は、意外と後々まで響いてくるもので、これまで私は同僚の哲学研究者からは総スカンを食っている通俗的「哲学的:非哲学的著作」を60冊書きましたが、これも私のプランどおりかもしれない。さらに、今、私は穴倉のような教室で「哲学塾カント」という私塾を開いていますが、こうした地味な日陰者のような生活こそ、自分の望んでいたものだな、と感慨が深い。私は今やっとこの歳になって「自分なりの仕方でいつまでも哲学していられる!」こと、その場が与えられていること、に真の喜びを感じているのですが、長い人生航路において、知らず知らずのうちに、この方向に舵を切ってきたのかもしれません。

ですから、相談者には自分の「プライド」を大切にすることを、まずお勧めします。そして、「プライドが高い」と、私のように、たいへんな人生が待っている。絶対にあきらめないからこそ、人一倍つらい人生が待っている。そして、私の場合、とにかく「金持ちにも、有名にも偉くもならなくていいから、とにかく哲学を続けたい」という望みがかなえられたのですが(こう信じるのが老人ボケかもしれませんが)、ほとんどの人にとって、こうしたつつましい希望さえかなえられないことが多い。

でも、それでいいのではないですか? それでも「プライド」を抱えて生きる美学は残ります。ここで、私が昔ある本に書いたものを「転載」してみましょう。

「『書こう』という目標だけあれば、あとは何か地味な地味な職業を選ぼう。そして、夜ひとり熱心に哲学書や文学書を読むのだ。そして、考えるのだ。書くのだ。こうした悲壮な生活はとてもいいものに思われた。美しく清潔だと思った。先ほどの人生の敗残者に、この抽象的な夢を重ね合わせると、私は自分の死体を『一生売れなかった貧乏作家』という名誉ある布にくるんで死んでゆけるかもしれないと思った」(『孤独について』文春新書)

今回は、参考文献として、この『孤独について』だけを挙げておきます。

中島 義道 哲学者

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なかじま よしみち / Yoshimichi Nakajima

電気通信大学元教授・哲学塾カント主宰
1946年福岡県生まれ。77年東京大学大学院人文科学研究科哲学専攻修士課程修了。83年ウィーン大学基礎総合学部哲学科修了、哲学博士。専門は時間論、自我論。2009年電気通信大学電気通信学部人間コミュニケーション学科教授を退官。現在は「哲学塾 カント」を主宰し、延べ650人が参加した。著書は『働くことがイヤな人のための本』『私の嫌いな10の人びと』『人生に生きる価値はない』(以上、新潮文庫)など約60冊を数える。

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