岡本:以前、アメリカ連邦議会での40分の英語のスピーチの前には40時間以上の練習をした、とおっしゃっていましたが。
谷口:そこが安倍首相の「目的に対し合理的」なところです。さかのぼって、2013年の9月、アルゼンチンはブエノスアイレスで、国際オリンピック委員会の総会があって2020年五輪の開催都市が決まるというとき、大トリで登場した安倍首相のスピーチは、「フクシマ」をめぐる良からぬ風評を蹴っ飛ばす力のこもったもので、幸いふたを開けると、もちろんチーム日本全体の成果ですが、好結果でした。
あのとき、激しい練習をしたら、しただけの結果がついてきたのは、安倍首相における成功体験になっていると思います。あれ以来、本当に相手を動かしたいという場合を選んで、英語で演説しています。上手だの、下手だの言う人はいるのですが、発音うんぬんより、必死さを伝えるというスタイルです。
キャッチフレーズにこだわっている理由
岡本:現政権は特に、海外向けの英語スピーチや、「アベノミクス」「三本の矢」などわかりやすいキャッチフレーズ等、「言語化」「見せ方」にこだわっているように見えますが。
谷口:ついこのあいだまでですかね、日本経済は、ほかのアジアの国の経済全部を合わせたより、まだ大きいって状態でした。1960年代から70年代いっぱいは、アジアの国々は軒並み貧困にあえいでいたのが実態で、ミドルクラスなんてありませんでした。
そんなとき、ザ・ビートルズが、中産階級の子女という本来のファン層をアジアに探したとき、日本しか公演先がなかったのは当たり前。つまり当時の日本は、日本はここにあります、こんなところです、来て見てください、と、セルフマーケティングなどする必要はありませんでした。いわば独占を謳歌していたわけです。
今は昔、でしょう。おまけに地政学的環境も、日増しに窮屈になっています。旗竿に高く旗を立てて、日本とはどんな国で何を大切にしているのか、言葉で説明しないといけなくなったという事情がまずあるでしょうね。それによって友達を求めるためにも。
もうひとつは、安倍首相自身のスタイルです。酒席で酌をし、またされて、というような人間関係の作り方は、安倍首相の場合、してきていません。派閥の機能が変わったあとに伸びた政治家でもありますから、「金よりも言葉」、です。その言葉をズバリ言うことで、安倍晋三という政治家は、自民党の中で台頭した人でしたから、言葉や表現の仕方には、もともと強い意識をもっていた。そこがもうひとつ、事情としてあったと思います。
岡本:日本の歴代の政権はムラ社会独特の「以心伝心」「言語不明瞭」を伝家の宝刀としてきたところがあります。田中角栄や小泉純一郎など、個人として言葉のセンスがあった宰相はいたが、内閣全体として、コミュニケーションの重要性を意識していたわけではなかったように感じます。経済界のトップにしても同様。伝わるように、伝えようという努力がまったく見えません。
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