「生涯学習」がドイツで無理なく根付く理由 コミュニティカレッジが「街力」を強くする

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また、2015年の夏にドイツに難民が大量流入したのは記憶に新しい。難民たちを実際に引き受けたのは各地方都市で、同市にも一年足らずで1300人がやってきた。「難民や移民はドイツ語の語学コースでドイツ語を学び始めるが、同時に政治システムの基礎を知る機会にもなっている。(デモクラシーに基づいた)政治教育はすでに始まっている」。

「それから、『社会』分野のプログラムは社会における他者との共存を促すという全体的な目標がある」とも続ける。

コミュニティ・カレッジは教育機関ということになるが、「基本的に文化的な場所」(同校長)。社会における他者との共存を促すという目標に対して、文化的アプローチは大変有効だ。文学や美術の講座、講演などが行われるほか、写真撮影の旅行や著者を招いて新著について語ってもらう催し、展覧会、コンサートなど、単体の教育機関としても数多くのプログラムを展開している。

さらに着目したいのが、市内の文化組織や施設との強いネットワークである。

今年の「前期」のプログラムが掲載された冊子。380ページに及び、ミニ電話帳のようだ。表紙は毎回ポップなデザインに仕上げられる(筆者撮影)

たとえば各学期、いくつかのイベント、講演や展覧会、朗読会を市立図書館と共同で行う。市のミュージアムとはドイツ語以外の言語によるガイドツアーなどを行う。劇場や市の文化局とも様々な文化イベントなどでコラボレーションを行っている。

現在、同市で現在作られている新しい文化施設や、NPOとして運営されている青少年向けの美術学校などとも連携する予定だ。特に「誰もが排除されない社会(インクルージョン)」を推進していくという。

文化施設のネットワークは地方の文化資本だ

これらの市内の文化組織との交流について、バッセンホルスト校長は、「毎週、管理職同士でミーティングの場を設けている」と述べる。『ドイツの公務員は「人事異動」がほとんどない』でも触れたように、ドイツの自治体職員は基本的に所属部署に関する専門教育を受けて、人事異動がない。そういう事情を鑑みると、専門的で長期視野にたった話し合いや議論ができやすい構造になっているのだろう。

ところで、社会学の分野で「文化資本」という概念がある。専門的な議論はいろいろある。が、ここでは「金銭的に直接変換できないものの、何らかの富をもたらす文化的教養」ぐらいの理解で良いだろう。これに沿って言えば、都市内の文化組織の交流ネットワークは、都市の文化資本そのものではなかろうか。

では、そこから生まれる「富」とは何か。まず個人にとっては、

  • ・学びによるパーソナリティの開発
  • ・「文化」へのアクセスのしやすさ

などが見込める。そして都市全般にとっては、次のようなことが考えられ、これらは企業誘致の優位性などにもつながる。

  • ・生活の質の環境整備による、文化的な雰囲気の醸成
  • ・参加と議論を促すことによる、「草の根型のデモクラシー」の強化
  • ・以上による、「安定性があり、かつダイナミズムが同居する地域社会」の実現

コミュニティ・カレッジは一義的には生涯学習センターだ。しかし同時に地域社会全体の文化資本をつくる担い手のひとつになっているのがわかる。ドイツの地方都市を継続的に見ていると、自律性の高さが目につくが、分厚い文化資本をつくっていることが、ひとつの背景になっているのだと思う。

高松 平藏 ドイツ在住ジャーナリスト

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たかまつ へいぞう / Heizou Takamatsu

ドイツの地方都市エアランゲン市(バイエルン州)在住のジャーナリスト。同市および周辺地域で定点観測的な取材を行い、日独の生活習慣や社会システムの比較をベースに地域社会のビジョンをさぐるような視点で執筆している。著書に『ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか―質を高めるメカニズム』(2016年)『ドイツの地方都市はなぜ元気なのか―小さな街の輝くクオリティ』(2008年ともに学芸出版社)、『エコライフ―ドイツと日本どう違う』(2003年化学同人)がある。また大阪に拠点を置くNPO「recip(レシップ/地域文化に関する情報とプロジェクト)」の運営にも関わっているほか、日本の大学や自治体などで講演活動も行っている。

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