全国のバス事業者の組織である日本バス協会の関係者は「バスの運転手に対して、客が要求するものが高くなっているのは事実。ホテルやデパートのようなサービスを求めてきているところがあり、バス事業者への不満や苦情は肌感覚としても増えている」と話す。
本来は安全に客を目的地まで運ぶことが運転手の主業務であるわけだが、「愛想が悪い」「説明が悪い」「失礼だ」などといった苦情が寄せられる。そして、多くの場合、バス会社は運転手に責任を負わせることで、解決を図ろうとする。
企業は「スマイルゼロ円」を強制できるのか
こうしたバス運転手の精神的なストレスは少なくない。アメリカのバス運転手78人を対象に行った調査によると、愛想笑いを自らの意思に反して行った運転手は不眠症や、抑うつ的な症状や家族との諍いなどが増えたという結果だった。アメリカ・ペンシルバニア州立大学の心理学者アリシア・グランデー氏は、「本来の感情を長時間にわたって抑える『感情労働』の強制は労働者の精神や肉体に甚大な悪影響を及ぼす。企業はそうした人々をもっとサポートをすべきであり、『感情労働』そのものが不当で、禁止されるべきもの」と結論づけている。企業が「スマイルゼロ円」などとうたい、従業員に笑顔を強制すること自体、筋違いだという主張だ。
そもそも、ホテルやデパートなど接遇を本業とする職種であれば、「おもてなしに喜びを感じる人が多く、客の不満や苦情に対しても、対処の仕方をある程度は心得ている」(ホテル関係者)のだろうが、そもそも、接客という意識が薄い「運転手」が「お客様は神様」的なマルチタスクのサービスを求められるのはハードルが高すぎるところもある気がする。
国交省の調査では、全国の事業者の97%が運転手の不足に悩まされているが、「トラックと違い、お客様を対象にしているので、その扱いに苦労している乗務員が少なからずいる。それに合わなければバス乗務員に向いていないと判断し、離職につながっている」現状がある。そもそも運転が好きだ、自信があるというだけでは、通用しないわけで、人手不足はますます、深刻化していくことだろう。
AIやロボットの普及により、今後、さらに製造業などの就業人口は減り、対人関係を要求される「サービス業」の就業人口が増えていくことが予想される。対人力である「コミュ力万能信仰」がエスカレートする一方で、内向的で、そもそも、口数が多くはない、コミュニケーションは得意な方ではない、という人にとっては、窮屈な世の中になっている。
「対人力」「コミュ力」至上主義が、息苦しさを生み、その呪縛から逃れようと、現代人は「孤独」に対する憧憬を抱く、という矛盾も生まれている。コミュニケーションが苦手という人たちにとっても居心地のいい空間や職場づくりを進め、雇用のミスマッチや人手不足を解消する取り組みがあってもいいのではないだろうか。
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