日本代表への「手のひら返し」に映る真の衆愚

感情に任せる過剰バッシングが生まれたワケ

その顛末をあらためて振り返ってみると……まずは一般の人々が、ネット上で批判を展開。一方、メディアは懐疑的な見方こそあるものの、応援モードも感じられる、どっちつかずの状態でした。

メンバーが発表され、前哨戦で連敗すると、一般の人々がヒートアップ。前述したような強烈な言葉が飛び交いましたが、それでも感情に任せたものが多く、いさめるような声もあるなど、まだ絶対的な論調ではありませんでした。

個人の声をビジネスに利用するメディア

しかし、ネット、テレビ、新聞など、すべてのメディアが、そんな批判の声をビジネスに利用するべく、トピックスにして次々に記事化。横並びのように一斉報道したことで、批判が世論のようになってしまいました。

あまりに批判的な記事が多いため、私は付き合いのある某ウェブサイトと某スポーツ新聞の記者に話を聞いたところ、「応援したいけど、今は批判のほうがページビューは上がる」「批判が今の民意。弱いときはそういう盛り上がり方もアリ」という返事だったのです。

その後の手のひら返しも、まずは一般の人々が反応し、それを受けたメディアが論調を変えて広げ、世論を“批判”から“称賛と感謝”に上書きしました。つまり、試合前の強烈な批判も、試合後の称賛と感謝も、「一般の人々からメディア」という同じ流れで世論が形成されたことになります。

問題は、発信源となった一般の人々か? それとも、それを意図的に広げたメディアか? どちらかと言えば、感情に任せて発信しただけの前者より、ビジネスに利用し、世間を誘導したような後者のほうが罪は重いのではないでしょうか。事実、手のひら返しの際も、「われわれは世間の声を拾っていただけ」というスタンスで、わずか数日前の批判記事をスルーしていたのです。

ただ、一般の人々も加害者の1人になってしまったことは疑いようのない事実。「自分は発言の責任を取らなくて済む」「自分もそう思うから批判してもOK」「流れに便乗してストレス発散しよう」。このような意識こそ、目先の数字が欲しいメディアに付け込まれ、利用され、実際の感情を上回る批判的な世論がはびこってしまう根源だったのです。

次ページ犯罪者のようにたたき、批判を上書きし合う風潮
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