患者の身体拘束に高裁が違法判決、医療現場に与える衝撃
「事実認定では納得できない点もありますが、病院の対応に非があったと裁判所に認めてもらえたことは本当にうれしい」
愛知県稲沢市に住む栗木満里子さん(66)は、名古屋高等裁判所の判決を聞いて「母親の悔しい思いを晴らすことができた」と感慨深げだ。
名古屋高裁は9月5日、栗木さんの実母(2006年に83歳で死去)が入院先の一宮西病院(愛知県一宮市、157床、多羅尾信院長)で受けた身体拘束による心身の苦痛について、同病院を運営する医療法人に50万円の賠償を命じる判決を出した(同法人は最高裁に上告)。一審の敗訴判決からの逆転劇だった。
「病院で受けた身体拘束に関して、患者側が訴えた裁判はおそらく全国でも初めて。身体拘束を是とする全国の病院に警鐘を鳴らす意味は大きい」と、原告を支援してきた吉岡充・上川病院院長は評価する。
おむつでの排せつを強要 睡眠剤過剰投与の疑いも
入院患者や入所高齢者の手足を縛る行為は、病院や介護施設で広範に行われてきた。主に転倒の防止や暴力行為の予防といった医療安全や、周囲の患者に迷惑を及ぼさないためのやむをえぬ措置として容認されてきた。しかし、「身体拘束で患者は心身を傷つけられ、結局は死を早める。病院が行ってきたことの多くは、決して患者のことを考えたものではない」と吉岡院長は指摘する。
そして吉岡氏ら医療・介護関係者による「身体拘束ゼロ」への取り組みが実を結び、00年施行の介護保険法に身体拘束禁止規定が導入。やむをえず身体拘束を行う場合には、切迫性、非代替性、一時性の3基準を満たすことが必要とされた。
とはいえ、廃止は道半ばだ。滋賀県が介護保険事業所を対象に行った調査(07年8月)では36%の事業所で身体拘束が行われており、入所者の約5%が実際に拘束を受けていた。認知症介護研究・研修仙台センターが実施した介護保険施設への調査(05年12月)でも、拘束を受けている人は約5%に達している。そして、要介護度が高い人ほど、拘束の割合が高くなっている。
一宮西病院が責任を問われた高裁判決は、急性期病院であっても、「介護施設と判断基準が異なると解することはできない」とし、「拘束の内容は必要最小限の範囲で許される」とした。そのうえで3条件に該当するか否かを検証したものの、切迫性などは認められないとした。
判決は、母親の日常生活機能が低下したことや夜間せん妄状態になったのは、病院関係者の不適切な対応が一因とも指摘。おむつによる排せつの強要、睡眠導入剤の過剰投与の疑いも、高裁は判決文に明記した。
また、母親が入院していた当時、入院患者と比べて看護師が不足していた事実もなく、身体拘束によらず、本人にきちんと付き添って安心させて眠りにつくのを待つといった対応は十分にできたとした。
高裁判決が全国の病院関係者に及ぼした影響は小さくない。しかし、医療関係者の認識はさまざまだ。認知症高齢者が入院する東京都内の精神科病院の看護師は、「医療現場の実態を知ったうえでの判決なのか。現状の看護体制では、身体拘束の廃止は現実的でない」と疑問を投げかける。医療の信頼性を高めるためにも、議論を深めることが重要だ。
(週刊東洋経済)
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