大企業が教えを請う“ダイセル式”カイゼン活動

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次のステップが「ヤメル」。言い換えれば、頭の中の標準化である。ミエル化を暗黙知の形式化とすれば、ヤメル化は意思決定の顕在化だ。つまり必要なことだけを厳選し、ミエル化ではまだ把握しきれない熟練オペレーターの意思決定プロセスを抽出するのである。

この段階では、厳しい認定試験を通過した2人以上のオペレーターが1人の熟練オペレーターに対しインタビューを行う。一つ一つの計器ごとに、その計器がどのような値を示したらどのような行動を取るか。熟練技術者が経験や勘で対応していた行動を、あらゆるケースごとにデータ化し挙げていくのだ(ダイセルでは、この作業で数十万件のケースを取り上げた)。その結果を科学的な見地から検証すれば、合理化や省略できる動作や作業が見えてくる。ここまでの段階で、ようやく、工場の操業に必要不可欠な業務は何か、業務遂行に欠くことのできない情報は何かが、明確に提示される。

そして最終プロセスが、「カワル」。これを形にしたのが「シングル・ウインドー・オペレーション(一つの作業画面)」である。ここまでで得られた生産技術に関する知がこの画面に盛り込まれる。計器等で異常な数値が検知されれば、画面上に異常状態を示すガイダンスが表示される。そして、画面上の異常発生部分をクリックすると、原因として想定される事態がリストとして示される仕組みになっている。一つの運転操作画面上で、誰もが高度なオペレーション技術を活用できる、言わばデジタルと匠の融合が完成された瞬間だ。カーナビのような役割を果たすこの一枚の作業画面こそが、ダイセルが生み出したプロセス産業向けカイゼンの集大成となる。

ミドル層の役割重大! 素材産業版カイゼンへ

それぞれ得意先の発注に応じた製品を手掛ける組立・加工産業と違い、複数の需要先向けに大量製造するプロセス産業は、受注から納品までの業務フローが複雑に絡み合う。従来、各企業がITベンダーから購入してきたERP(Enterprise Resource Planning)等の経営効率化システムが、うまく適応しえなかった理由もそこにある。製品の流れを原料から全体として管理するためには、何よりミエル化が不可欠だ。常にそのシステムがうまく機能しているかどうか、各段階でフィードバックできるよう仕立て上げたのが、ダイセル方式の強みなのだ。

稼働してからもさらに中身を進化させていく仕組みも内包されている。「日本人だからこそ発揮できる“こだわり”を体現している」(高田修三・経済産業省製造産業局化学課課長)といわれる由縁だ。

だが、ダイセル方式を定着させフルに生かすためには、最低3年は必要という。コンサルティング契約を事業場単位でしか結ばないのも、導入側の耐久力が試されるからだ。

ダイキン工業では、製造課長と現場のキーマンで作った「チーム大西」という小グループを主導役に、第2、第3のチーム大西を増殖させていった。また、活動を活発化させるために、各職場の生産革新事例発表会や改善報告会を開き、次の新たな改革へつなげていった。現場の反発を抑え、経営層への説得を進めるためには、現場の中核であるミドル層主導であることが重要なカギになる。

ダイセル方式の原型は、オペレーターが判断を担うプロセス産業において開発された。しかし、「ヒトの判断が介在するという意味では、製造業にとどまらず、非製造業にも適用可能」(経産省の生産革新研究会)という。頭の中をミエル、ヤメル、カワルようにすること。このプロセス産業版カイゼンが、既存のものづくりの枠を超え、日本の産業全体を進化させていく日もそう遠くない。

(二階堂遼馬 撮影:梅谷秀司、ヒラオカスタジオ =週刊東洋経済)

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