ホンダがアメリカで熱狂的に愛される理由 3年連続イヤーカー受賞を支えるブランド力

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なおかつ、ホンダには汎用機器があり、汎用エンジンはポンプや発電機など生活や仕事を支えるさまざまな道具に活用できる。1959年に耕運機を市場導入し、続いて発電機や芝刈り機といった製品が充実していくことになる。生活の中に、ホンダという名前が浸透していったであろう。

販売価格が安いことにより消費者の手に届きやすい2輪車や汎用エンジンで、現地の需要を学び、そこからクルマの市場展開へ広げていくホンダ独創の手法は、クルマしか生産・販売していないほかのメーカーにまねのできない戦略だ。

米国における現地生産進出の早さが目立つ

自動車も、いよいよ米国オハイオ州へ現地生産の工場を建設することになった。これも、1979年にまず2輪車の生産から始め、1982年にアコード生産が開始となる。

ホンダの動きに対しトヨタは、1985年に米国とカナダへの工場進出を決め、候補地を探す状況であった。当時、現地生産へ慎重なトヨタの動きが印象に残る。1988年にケンタッキー州の工場からカムリが出荷された。

日産自動車は、1976年にオーストラリアに工場を建設し現地生産を始めている。米国では、1983年にダットサントラック、1985年にサニーの出荷を始めた。それらと比べ、ホンダの米国における現地生産進出の早さが目立つ。

シビック(写真:Honda Media Website)

ホンダには、「小さく生んで、大きく育てる」という地域に根差した海外進出の考え方があり、2輪車の生産設備で進出し、人手を活用した少量生産から始め、従業員が製造に習熟し、市場での販売台数が増えていくにしたがって機械化を進めていく。そして現地でホンダの名前が浸透していくと、4輪車の市場導入も行い、クルマも現地生産化していくのである。

現地生産は、輸入関税や貿易摩擦などの解消に役立つだけでなく、現地での雇用を生み、ブランドが地元に根付くことにも貢献する。米国に限らないが、世界的なホンダファンを生み出す原動力になっているといえるのではないか。

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