鉄道&ホテルで挑む「西武」ハワイ戦略の行方

空港―アラモアナの鉄道建設がプラス要因に

アラモアナセンター近くに2棟がそびえ立つ「プリンス ワイキキ」(写真:西武ホールディングス)

「日本のホテルブランドが1位を取るなんて」――。現地のホテル関係者が一様に驚いた。世界最大の旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」が行っているオアフ島のホテルランキングで2017年10月、プリンス ワイキキがザ・リッツ・カールトン、ハイアットといった国際的な大手チェーンを押しのけてトップに躍り出たのだ。以来、8カ月にわたってトップの座を守り続けている。

日本でこそ、プリンスホテルのブランドは威光を放っているが、ハワイのホテル業界における日系の代表的プレーヤーといえば、国際興業、三井不動産、ニュー・オータニの3社というのが通説だった。国際興業は1963年に名門「モアナ・ホテル」(現モアナ・サーフライダー・ウェスティン・リゾート&スパ)を買収、その後も買収を重ね、現在はワイキキの一等地に4つ、マウイ島に1つ、合計で5つのホテルを所有している。国際興業は所有に特化し、シェラトン、ウェスティン、ハイアットといったホテルチェーンが運営を担う。

ニュー・オータニは日本企業などによってワイキキ近くに設立されたホテルの運営を1976年に受託、「ザ・ニューオータニ・カイマナビーチホテル」として再スタートさせた。また、三井不動産はワイキキの老舗ホテル「ハレクラニ」を1981年に買収している。ちなみに、東急グループも1970年代からハワイでホテル投資を行ってきたが、現在は撤退している。

バブル期に相次いだ日本企業のホテル進出

日本企業によるハワイのホテル進出に拍車がかかったのは平成バブル期である。円高に加え、政府の低金利政策を利用して資金調達が容易になった有象無象の事業会社が競って海外の不動産を買いあさった。日本人になじみの深いハワイはとりわけ投資先として注目され、バブルピーク時の1989年には、ハワイで日本企業が取得したホテルの客室数は全体の4割に達したという。

西武のハワイ進出は、タイミング的にはバブル組に属する。1986年にハワイのマウイ島に「マウイ・プリンスホテル」を新規開業、1988年には大富豪のローレンス・ロックフェラー氏が開発したホテルとして名高いハワイ島の「マウナケアビーチホテル」を購入している。

プリンス ワイキキは1987年に総工費250億円をかけ建設がスタートした。「ハワイ・プリンスホテル・ワイキキ」という名称で開業したのは1990年4月。開業から程なくしてバブルは崩壊するが、日本人のハワイ旅行熱が衰えることはなかった。アジア通貨危機が起きた1997年まで、ハワイを訪問する日本人客は増え続けた。

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