若手経営者が挑む福井発のIT革命、携帯ブラウザ・jig.jpの挑戦

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福野も学んでいた福井高専の電子情報工学科は、10年くらい前から一学年約40人のうち、毎年4~5人が起業するようになっていたが、学校として特に大きな支援はしていなかった。実は、プロジェクトを立ち上げた副校長の太田泰雄は、福野の学生時代の物理の先生だ。卒業後も進学や就職をせず、フリープログラマーとして自由に活動していた福野の将来を心配していた。だが、福野の成功を目の当たりにして起業家支援を思い立ったのである。それが昨年、文部科学省の「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」に採択され、予算がついた。

現在のセンター入所者たちは、アップルの携帯電話アイフォーンで遊べるゲームなどの開発を進めている。「入所者と学生が接点を持つことで、非常にいい刺激になるし、絶好のキャリア教育の場となる」と太田は笑みを浮かべる。

一方、鯖江市は、市内で起業する人に対して、1年間の事務所家賃を肩代わりする制度を始めた。市の発展を支えてきたメガネ産業は、低価格競争で厳しい事業環境にあり、起業を目指す若者による活性化への期待もまた大きい。「街の沈滞ムードを打開するには、やはり若い人たちのパワーが必要ですよ」と牧野百男鯖江市長は話す。

福野はみんなに夢を与えるだけでなく、自分自身も夢を抱く。「携帯電話はみんなが持っている。ジグジェイピーのソフトで新しい価値を提案して、いろんな人の夢や願いがかなうような社会をつくりたい」(福野)。その実現に向けた一大プロジェクトが、携帯電話を活用して町おこしをする「鯖江ユビキタス計画」だ。

使用するのは、電話番号やメールアドレスを交換する際によく使われる赤外線通信機能。町中に赤外線の送信装置を張り巡らせ、鯖江市の観光名所やお店の情報などを発信するのである。携帯電話を持っている人は、受信ソフトを携帯でダウンロードすれば、いつでも鯖江の情報を入手できるのだ。配信される情報も携帯のカメラやメールなどを使って、地元の学生や住民が収集するモデルを計画中だ。ジグジェイピーは現在、NECとタッグを組んで、受信ソフトなどの開発を進めている。

鯖江ユビキタス計画はまだ実験段階だが、福野は成功に向けて並々ならぬ意欲を見せている。ソフトのダウンロードが増えれば自社の利益が増えるのはもちろんだが、本当の狙いはそれだけではない。

この計画が成功すれば、鯖江だけでなく、日本の地方活性化のモデルになると期待しているのだ。「鯖江ユビキタス計画は、どの地方自治体にも簡単に応用できる。まずは自分がよく知っている鯖江で成功モデルをつくることが大事。それが全国の地方自治体で採用されれば、日本中どこに行っても携帯一つで簡単に、地域に密着した情報を手に入れることができるし、人が集まるようになる」という計算である。

ただし、高齢化の進む地方でITを浸透させるのは並大抵のことではない。鯖江市民の中に、計画に対して否定的な声があるのも事実だ。だが、福野は成功に自信を持っている。

100年前、鯖江はただの農村でしかなかった。雪で閉ざされる冬にできる仕事を求めた農家たちが、大阪から職人を呼び寄せ、見よう見まねではじめたのが、メガネの生産だったのである。それが現在では、世界に名だたる生産地となった。ITもこれと同じなのだ。「今度は世界最先端の町にしたい」。鯖江にもITが根付く土壌があると福野は信じて疑わない。=敬称略=

(中島順一郎 撮影:今 祥雄 =週刊東洋経済)

福野泰介(ふくの・たいすけ)
株式会社ジグジェイピー代表取締役社長CEO
1978年生まれ。94年福井工業高等専門学校入学。99年の卒業後はフリープログラマーやITベンチャー立ち上げなどを経て、03年ジグジェイピー設立。

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